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『夢幻諸島から』(クリストファー・プリースト) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 「夢幻諸島(ドリーム・アーキペラゴ)には、地図や海図は存在していない。少なくとも、信頼できる地図あるいは広範囲の地図はなく、また全世界を包括した全体図すらない。(中略)このアーキペラゴの夢幻状態は、われわれ諸島の住人がもっとも好反応を示し、また変わることをこれっぽちも見たくないと思っているものであり、これからも長いあいだ、邪魔されずにつづいていきそうである」(単行本p.17、19)

 夢と現実のあわいに浮かぶ夢幻諸島、ドリームアーキペラゴ。その一つ一つの島を舞台とした物語の断片がぎっしりと散りばめられ、読み進めるにつれて様々なパターンが浮かび上がってくる。魔術的な語りの技法を駆使して構築された驚異の幻惑小説。単行本(早川書房)出版は、2013年08月です。

 短篇集『限りなき夏』にも何篇か収録されていた、夢幻諸島シリーズ。その集大成ともいえる作品です。夢幻諸島にある島々を舞台にした物語が一つまた一つと展開してゆきます。

 全体は「夢幻諸島の歩き方」ともいうべきガイドブックの体裁をとっており、実際に島々を紹介した短い項目(気候、地形、産業、見どころ、旅行者への注意事項、通貨など)も多数含まれ、その合間に、特定の島を舞台とした短篇小説が混じっている、そんな形になっています。

 悪名高い致命的毒虫を初めて発見した研究者チームが全滅した話。あるパントマイム芸人の怪死に関わった人々の話。放浪する先々で不可解な出来事が起きる謎めいた画家の話。地図上は存在しない島へ探索に出かけた地図作成者の話。超自然的な影響力を放つ巨大なものが古代の石塔に棲息している話。あちこちの山にトンネルを掘る土木工事インスタレーション・アーティストの話。

 ルルドの泉を連想させる顕現伝説、エリア51を思わせる謎の軍事基地(UFOや怪光もいっぱい)、クトゥルフ神話めいた恐怖譚、『ゴッドファーザー』のあのシーン、『エイリアン2』のこの展開、そして幾多のラブロマンスにメロドラマ。物語はバラエティに富んでいます。

 最初はそれぞれ独立した話として読み始めるわけですが、次第に同じ人物や事件が何度も登場してくることに気づきます。作家、画家、社会運動家、アーティスト、劇場スタッフ。同じ人物が別の出来事に関わってきたり、同じ事件が様々な関係者の視点から語られたり、複数の人物に意外な関係があったり、そういったパターンが次第に浮き上がってきます。どうやら、今ここで語られている話の背後で、別の何かが進行しているようなのです。どきどきします。

 個々の話は、多くの場合、不可解で、曖昧で、謎めいているのですが、いくつかの断片が集まってゆくうちに、次第に謎が解けて、やがて事情がはっきりしてくる、かと思うと、どうもそんなことはありません。いつまでも「分かってきた、パターンが見えてきた」という発見の感覚だけがあり、しかし決して全てが明瞭になるということがない。まるで夢幻諸島の地図のように。

 構成に織り込まれた緻密な仕掛けに留まらず、個々の物語の叙述にも仕掛けはふんだんに用いられています。警察の供述書の形式で語られる物語は、後半になってその供述書がほとんど捏造だと判明。往復書簡の形式で語られる物語は、一方からの手紙ばかりが提示され、相手からの返信内容は推測するしかありません。重要な手記は、その真正性が疑われているという注釈が付き、信頼できないものとなります。

 こうした技法や仕掛けを駆使して編み上げられてゆく物語は、その秘密めいた細部から、不可解な全体構成に至るまで、どこをとっても思わず息をのむほど魅力的。おそらく何度読み返してもその度に新しい発見があり、それが印象を変えてゆくに違いありません。読んでいるだけで魂が吸い込まれてゆきそうな、魔術的パワーすら感じます。

 というわけで、連作短篇集としても素晴らしいし、様々な断片から構築された長篇としてもその出来ばえには圧倒されます。小説を読む喜びを極限まで味わうことが出来る、オールタイムベスト級の傑作。熱烈推薦。


タグ:プリースト
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