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『鹿男あをによし』(万城目学) [読書(小説・詩)]

 「鹿が「びい」と鳴いた。本当に「びい」と鳴いたのである。さらには、「鹿せんべい、そんなにうまいか」としゃべった。完全に硬直するおれに、鹿はゆっくりと続けた。「さあ、神無月だ----出番だよ、先生」(Kindle版 No.873)

 万城目学さんの第二長篇の電子書籍化版を、Kindle Paperwhiteという電子書籍リーダーで読みました。単行本(幻冬舎)出版は2007年04月、文庫版出版は2010年04月、Kindle版出版は2012年9月です。

 東京の大学から少々わけありで奈良の女子校に赴任してきた理科の新米教師。赴任早々、生徒からの嫌がらせを受け、鹿せんべいこっそり喰ってたことまで落書きされて、怒り心頭。主任にねじ込むも事態はこじれるばかり。変な愛嬌がある同僚、うさんくさい教頭、そして麗しのマドンナ、とくれば気分はもう『坊ちゃん』(夏目漱石)。舞台は奈良ですけど。

 ところが、いきなり鹿に話しかけられたことから話はぶっ跳んでゆきます。何やら重要なミッションを託されてしまったらしい主人公。面倒はごめんとばかり逃げ回るうちに、顔がどんどん鹿になってゆく。

 「誰もいなくてよかった。耳と口の位置が妙なことになっているので、通常とはだいぶ離れた場所に受話器を当てなければならないからだ」(Kindle版 No.2859)

 どんどん鹿化が進んでゆく頭部。ついに降参してミッションを引き受けることにしたところ、これが「失敗すればこの国が滅びる」という大変な仕事。聞いてないよそんな話。

 「言っただろう。これは別に我々のためにやっていることじゃない。お前さんたち、人間のためにやっているんだ。(中略)人間のために、我々は千八百年もこんな妙なことを続けてきたんだ」(Kindle版 No.2429)

 さらに何者かの奸計により事態はこじれてゆき、ついにはミッション達成のためには自分が顧問をつとめる剣道部が親睦試合で京都・大阪の強豪校を破って優勝しなければならない、という展開に。そもそも部員数が少なすぎて団体戦に出場する資格すらない、という悲惨な弱小剣道部にはたして活路はあるのか。

 「「先生」 妙に言葉が詰まって、うん? としか返すことができないおれに、堀田は静かな声で言った。 「絶対に----勝ちます」」(Kindle版 No.3584)

 夏目漱石からファンタジーを経て熱血剣道小説へ。というか、『鴨川ホルモー』と大同小異やん、などと思うわけですが。実はそこから先が本領発揮なのですよ。丹念に張られていた伏線がどんどん回収されてゆく様に胸が躍ります。鹿や鼠の妙に憎めないキャラクターも印象的。

 というわけで、『坊ちゃん』と和風ファンタジーとスポ根と伝奇小説をまぜこぜにしたような作品ですが、意外にも取り散らかした印象はなく、そつなくまとまっています。荒唐無稽な話を不思議なリアリティと共に読ませてしまう手際は前作よりも研ぎ澄まされているようです。


タグ:万城目学
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