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『狙撃の科学 標的を正確に打ち抜く技術に迫る』(かのよしのり) [読書(サイエンス)]

 「ライフルの精密射撃は、銃をもった主人公が活躍するアクション映画の世界とは対極にある「静」の世界です。射撃は銃を構えて座禅を組むような精神修養の世界です。座禅を組むより射撃の方が雑念の有無が弾着としてはっきり表れるので、精神修養の効果は高いとさえいえます。ですからヨーロッパでは射撃を健全な青少年を育成するスポーツとして学校の授業にも取り入れています」(新書p.139)

 狙撃銃の構造と使い方について、元自衛官が詳しく解説してくれる一冊。新書版(ソフトバンククリエイティブ)出版は、2013年02月です。

 遠距離ターゲットを正確に撃ち抜くために、狙撃銃に備わっている様々なメカニズムを解説してくれる新書です。カラー写真やイラストをふんだんに用いて、その構造や機能、さらには射撃姿勢から手入れの方法まで、具体的に教えてくれます。

 全体は9つの章から構成されます。

 まず最初の「第1章 銃を選ぶ」では、害獣駆除、警察、イノシシ狩り、猛獣狩り、単独潜行猟、競技用といった具合に、狙撃銃を用途別に分類して紹介します。解説されているのは、バーミントライフル、マークスマンライフル、バトルライフル、ダブルライフル、マウンテンライフルなど。なぜ狙撃銃としては自動銃ではなくボルトアクションが選ばれるのか、といった基本的な知識もここで教えてくれます。

 「第2章 銃身と機関部」から、いよいよ狙撃銃を分解してその構造を見てゆくことになります。

 ライフリングの加工は「ボタン法」と「コールドハンマー法」のどちらが優れているのか。銃口にクラウンがある理由。可変マズルブレーキによる銃身の振動制御。ベディングにはなぜ二液混合式エポキシ系接着剤が必要なのか。ボルトハンドルの角度にはどういう意味があるか。ロッキンググラグの数はいくつがよいか。エキストラクターが弱いとどんな問題が起きるか。エジェクターは「メカニカル」型と「ブランジャー」型のどちらがいいか。

 専門用語が乱舞します。たかが、と言っては失礼ですが、穴があいた鉄棒と薬莢排出レバーだけでも、ここまでの創意工夫が注ぎ込まれているということに驚かされます。

 「第3章 照準器」および「第4章 スコープの取りつけと零点規正」では、狙撃銃の命ともいうべき照準メカニズムが解説されます。アイアンサイトやレティクルの形状はどれがいいか、スコープの倍率はどのくらいが適切か、スコープとレンズの直径、ひとみ径、ミル、ミルドット、M.O.A、パララックス、フォーカス、スコープマウント、ボア・サイティング。用語を覚えるだけでも大変です。

 しかし本当に面白いのは、弾道学の解説に入ってから。発射された銃弾がどのような軌道をとるか、重力・偏流・風速・気温など様々な要因がどう作用するか。

 「このように、遠距離射撃というのはさまざまな要素を計算して撃たなければなりません。それで最近、米国あたりでは、スマートフォン用の弾道計算アプリがあって、狙撃兵はそれを使っているそうです」(新書p.108)

 「第5章 射撃術」では、ヒップ・レスト、オフ・ハンド、スイング法、リード法、ニーリング、膝射、座り射ち、しゃがみ射ち、狙撃兵型座り射ち、伏射といった射撃姿勢が解説されます。バイポッドや依托射撃、呼吸、トリガー、といった一連の流れもここで示されます。

 「立射競技では、男性より女性選手のほうが好成績をだします」(新書p.118)

 「照準し、引金を引き落とすまで、というよりも弾が銃口を離れるまで呼吸を留めます。(中略)戦闘射撃の場合、照準は4秒以内に完了すべきです」(新書p.138)

 スナイピングを行うとき、「息を止める」というキーを押すことで照準の揺れが止まるという仕様になっているコンピュータゲームがよくありますが、あの「呼吸停止」モードが数秒で解除されてしまうのはあくまでゲームバランスのためかと思っていました私。必ずしもそうではないのですね。

 「第6章 ハンドローディング」と「第7章 銃の手入れ」は、自分の銃専用に調整した実包を手作りする「ハンドロード」、洗い矢の使い方、薬室やスコープの手入れ、といったメンテナンスの手順と使用器具についての解説です。

 「ちなみに射撃をしたときよく「硝煙のにおい」といいますが、実は無煙火薬が燃えても硝煙のにおいはしません。射撃のときのにおいは雷管のトリシネートが燃えたにおいです」(新書p.168)

 最後の「第8章 野外行動」と「第9章 実包の種類を知る」では、狙撃手の野外活動の基本(隠蔽、偽装、掩蔽、ギリースーツ、監視と発見、距離と風速の判断ナビゲーションなど)と、「覚えきれないほどの種類があり、これらを網羅していくと電話帳のような本になる」(新書p.210)というライフル実包の代表的な仕様(詳細サイズを含むデータ)を紹介してくれます。

 というわけで、日本の読者の多くにとっては無用な知識ではありますが、狙撃が登場するフィクションやゲームを楽しむ上で役立ちますし、そのメカニズムの細部はメカ好きにとってたまらなく魅力的かも知れません。それと、いわゆるガンマニアと呼ばれる方々が、いつでもどこでもいつまでも熱い議論を続けられるのはなぜかということも、おぼろげに、分かったような気がします。


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