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『ホルモー六景』(万城目学) [読書(小説・詩)]

 「現実から目をそらすな、高村。俺たちはもう、どっぷり浸かってしまっているんだ。ホルモーの魔窟に囚われの身になり、はや三年目。新入生をたぶらかして、次代の犠牲者を仕立て上げることに、もう何の躊躇いも感じぬほどだ」(Kindle No.52)

 万城目学さんのデビュー長篇『鴨川ホルモー』の続篇が電子書籍化されたので、Kindle Paperwhiteという電子書籍リーダーで読んでみました。単行本(角川書店)出版は2007年11月、文庫版出版は2010年11月、Kindle版出版は2012年10月です。

 ホルモーに関わった人々のあれこれを書いた連作短篇集。設定は長篇『鴨川ホルモー』と同じ、登場人物も共通していますが、長篇では登場しなかった、あるいはほんの脇役だった人物が主役をつとめたりします。

 作品はバラエティに富んでいます。青春小説もあれば、コメディあり、ヘップバーンあり、丸善に行って書籍をつみ重ねた上に檸檬を置いてくる話あり、時を超えた文通あり、という具合。どれも元ネタを知っておいた方が楽しめますが、別に知らなくても大丈夫。ただし、長篇『鴨川ホルモー』は読んでおいた方がいいでしょう。

『第一景 鴨川(小)ホルモー』

 「この悲しみはどうしたらいい? このさびしさはどうしたらいい? わかっている。定子は間違っていない。でも、私は私は振り上げた拳を、そのまま愛想笑いとともに引っこめることはできない」(Kindle No.495)

 あのとき、人数の欠けた京大青竜会が無敵を誇る京産大玄武組に勝てたのはなぜか。その背後には、二人の女性のいさかいがあった・・・。女の意地により親友同士がワン・オン・オンのホルモー対決に挑むという話。互いに補給部隊なしの完全消耗戦に突入した二人を待っていた決着とは。ユーモラスで楽しい作品。

『第二景 ローマ風の休日』

 「赤信号がやけに滲んで見えた。鼻の奥がなぜかツンと痛い。慌てて空を仰ぐと、いつの間にかまん丸な月がぽっかりと浮かんでいた。しんと浮かぶ白い光に、こういうときの月はいけない、いけないぞと心が鳴っていた」(Kindle No.1246)

 イタリアレストランで知り合った謎めいた女性とともに京都を走る若者の物語。だが彼は知らなかったのだ。彼女こそ、京大青竜会に諸葛亮孔明ありとうたわれた天才軍師であることを。まっすぐな青春小説ですよ。

『第三景 もっちゃん』

 「何気なくたどったその先には、俺が好き勝手棚から抜いたまま、縦に積み重ねた本の山があった。その頂にはレモンが一つ、静かに佇んでいた」(Kindle No.1514)

 ときは大正時代。親友のもっちゃんが恋文を書くというので、筆記用具を手に入れるべく一緒に洋書店を訪れた安倍。そうか、なるほど、もっちゃんか。

『第四景 同志社大学黄竜陣』

 「気を抜くと、泣いてしまいそうだから、「ホルモー、ホルモー」とつぶやきながら歩いた。本当に馬鹿みたいな言葉。誰がこんな言葉考えついたんだろう」(Kindle No.2372)

 京都を舞台に千年以上に渡ってホルモーを戦ってきた4つのチーム。だが、古代中国の五行思想によれば、5番目のチームが存在するはずである。これは、そもそもホルモーとは何であるかも知らないまま、まったくの独力で「同志社大学黄竜陣」復活に取り組んだ一人の女性の物語。というか、長篇のあのシーン、冒頭短篇のあのシーン、あちこち繋がっていて妙に可笑しい。

『第五景 丸の内サミット』

 「ともに都大路の生ける伝説と評しても過言ではない二人が、東京駅前のとあるイタリアン・ダイニングにて、テーブルを挟んで座っている。当時を知る者にとっては、号外が空を舞ってもおかしくない歴史的シーンであるのに、実際の二人は面映ゆい表情のまま、視線をいっかな定めようとしない」(Kindle No.2648)

 「竜が躍り、虎が吼える」と評された歴史的ライバルであった男女が、卒業後、こともあろうに東京で開かれた合コンの席上でばったり再会。互いに過去のことなどなかったふりをする二人だが、そこに大異変が。

『第六景 長持の恋』

 「ずいぶん昔の人らしいとは察するが、それ以上知りたいとも思わない。それはホルモーに携わる者特有の、「深入りしたって碌なことがない」という経験に基づく醒めた感覚のせいかもしれない」(Kindle No.3306)

 倉で見つけた古い長持。そのなかに置かれていた板切れには、時を越えて文字を伝え合うことが出来る不思議な力があった。遠い過去の男と文通を始めた女性は、次第に相手に恋心を抱くようになるが・・・。

 古今東西さまざまな作品に取り上げられてきた「時を超えた文通」ネタ。机の引き出しでも郵便ボックスでもなく、長持というのが珍しい。ホルモーあんまり関係ないじゃん、と思いながら読んでいると、長篇と思いがけない形でつながるのでくれぐれも油断ならさぬよう。

 というわけで、様々に趣向をこらした(というかベタなネタを平然と使った)楽しい話を集めた短篇集です。長篇『鴨川ホルモー』が気に入った方なら、存分に楽しめることでしょう。

[収録作品]

『第一景 鴨川(小)ホルモー』
『第二景 ローマ風の休日』
『第三景 もっちゃん』
『第四景 同志社大学黄竜陣』
『第五景 丸の内サミット』
『第六景 長持の恋』


タグ:万城目学
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