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『図説 偽科学、珍学説読本』(グレイム・ドナルド) [読書(オカルト)]

 「もし人間が経験から何かひとつ学ぶことがあるとしたら、それは人間は経験から何も学ばないということだ」(単行本p.83)

 骨相学、錬金術、煙草浣腸、黒死病=線ペスト説、猿から人への睾丸移植、地球空洞説、サブリミナル効果、先夫遺伝説・・・。多くの人が信じた、あるいは今なお信じている、代表的な偽科学の歴史を紹介する一冊。単行本(原書房)出版は、2013年03月です。

 全18章で構成された、偽科学のショーケースです。その大半が医学・生理学・心理学に関する偽科学を扱っており、例外はわずかです。まずは例外から紹介してみましょう。

 兵士が足並みを揃えてブロートン橋を行進したところ、その振動が橋の固有振動数と一致したため共振が起きて崩落してしまった・・・。本書によるとこれはまったくのデタラメで、「ブロートン、アンジェール、タコマ橋の崩落はそれぞれ非常に珍しいケースだったことは間違いないが、どれも共振とは関係なかった」(単行本p.28)とのこと。

 「錬金術」の実験に取り組んだファウスト博士は、「試しにグリセリンと酸を混ぜ、自らを粉微塵に吹き飛ばしてしまった。(中略)ニトログリセリンの発明を200年先取りしていたとも言える」(単行本p.33)。

 マルティン・ルターが「地球平面説」を支持した根拠は、「全人類は最後の審判の日にキリストの再臨を目撃することになっているのに、もし万が一世界が球体だったら、世界の半数以上がそれを見られないではないか」(単行本p.90)というものであった。

 こういった章は楽しいのですが、医学まわりの偽科学となると、笑えない話が続出します。

 例えば、「骨相学」がルワンダ大虐殺を引き起こしたこと。

 1920年代に行われた、「精力回復のために人間に猿の睾丸を移植する手術」や「ミッシングリンクを創造するために猿と人間を交配させる実験」によって、サル免疫不全ウイルスが種の壁を飛び越えてHIV(ヒト免疫不全ウイルス)となり、エイズ禍を引き起こした可能性が高いこと。

 コカインやアヘンはかつて万能薬としてもてはやされ、赤ん坊にも大量処方されていたこと。「英国の1830年における生アヘン輸入量は4万5000キロに迫り、それだけでも恐ろしい量だが、1860年にはそれが13万6000キロに激増している」(単行本p.116)

 未開部族には食人習慣があるという俗説を利用して、大航海時代のヨーロッパ人は「新しい国に到達するとすぐに、そこの全住民が人食いであると宣言し、拘束するか、あるいはもっとひどいことをした。ハイチだけでもスペイン人はわずか30年のあいだに、原住民タイノ族の人口を50万人から350人にまで減らした」(単行本p.156、157)

 万病に効果があるという穿頭術やロボトミー手術、インシュリン・ショック療法、女性を落ちつかせるための子宮摘出療法。そしてもちろん、「優生学」が組織的な大量殺人や強制断種を引き起こした暗黒の歴史。

 こうした陰惨な話に比べれば、次のようなエピソードはむしろ滑稽の部類に入るといってよいかも知れません。

 16世紀初めから19世紀半ばにかけて欧州ではタバコの煙による浣腸が流行し、「偉い人たちが炉のふいごと高炉をかけ合わせたような器具でお尻から煙を入れてもらうために列をなしていた」(単行本p.53)。

 20世紀になっても、「何千人ものご婦人方が日常的に医師にマスターベーションをしてもらい、夫たちはそのことを別に気にも留めてなかったのだ。当時は医師も含めてほとんどの男性が、女性の性行動や性欲について無知だった」(単行本p.47)。

 サブリミナル効果(意識できないほど短時間スクリーンに投影されたメッセージが観客の潜在意識に伝わり行動に影響を与えるという説)は完全に否定されたにも関わらず、「2006年にアメリカで行われた調査によると、現在、80パーセント以上の人が(中略)いまだにサブリミナル効果の不気味な力を信じていることがわかった」(単行本p.105)。それどころか、レコードを逆回転させると現れる洗脳メッセージ、睡眠学習、モーツァルト効果、という具合にどんどん変種が増えています。

 他に、中世に猛威をふるった黒死病の正体が線ペストだとする俗説は間違っていること、犬のブリーダーは今でも先夫遺伝(一度でも男と性交した女は、それによって受胎能力が遺伝的に「汚染」されるという迷信)を信じていること、動物磁気(メスメリズム)が現代でも磁気療法や磁気ブレスレットという形で生きていること、など様々なエピソードが登場します。

 途中で挟み込まれる科学エッセイも皮肉が効いているものが多く、例えば次のような感じです。

 「聖書によれば、天国は地獄よりも熱い」 なぜなら

 「イザヤ書第30章26節には、天国の「日の光は7倍となり、7つの日の光のようになる」とあり、これはシュテファン=ボルツマンの法則にしたがって計算すると、摂氏525度になる」

 「さらに聖書には、地獄には硫黄の池が至る所にあると記されているので、温度は摂氏445度と思われる。なぜならそれより高温になると硫黄は気化するからだ」
 (単行本p.187)

 無茶苦茶な理屈ですが、人類がこれまで信じてきた(そして驚くほど多くの人がいまだに信じている)様々な偽科学に比べると、はるかに論理的で説得力があるというのがミソ。

 ともあれ、「いまから百年後には本書と同じような本が出て、現代の知見をあざ笑うのだろう」(単行本p.7)という著者の言葉を否定することは出来そうにありません。


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