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『SF JACK』(日本SF作家クラブ編、山田正紀、上田早夕里、山本弘、他) [読書(SF)]

 「これにまさる極上のひと時が、他にこの世のどこにあるというのか。その時間を手に入れるために、おれは仕事をしているのである」(単行本p.474)

 冲方丁のラノベ調ロボットバトルから、夢枕獏の伝奇ホラー風妖怪退治まで、全12篇。浸透と拡散を続けるSFの幅広い領域に、現代屈指の作家たちが書き下ろした短篇SFアンソロジーです。単行本(角川書店)出版は、2013年02月。

 とにかく豪華メンバーを取り揃えてきました。SFが本業の作家もいれば、ミステリ作家もいます。ベストセラー作家もいれば、熱心な愛読者に支えられている作家も。各人がそれぞれ「自分はこれがSFだと思う」という作品で勝負かけてきたという感じ。その幅広さには驚かされます。

『神星伝』(冲方丁)

 「絶対形質を裂き、核の熱を封じる、ケルビン・ヘルムホルツ機構の真理----究極光だ」(単行本p.51)

 木星の衛星にある都市に住むごく平凡な高校生が戦争に巻き込まれたとき、その真の力が覚醒する・・・。陰陽技術、法精神数学、時空光円墳、などなど怪しげな造語をまき散らし、呪術と魔法と超テクノロジーが渾然となったワイドスクリーンバロックSFを、ほとんどパロディのように徹底的にライトノベルの文脈で書いた怪作。何しろ巨大ロボットバトルもの長篇一冊分(あるいはTVシリーズ1クール分)の話を短篇に詰め込んだので、後半まくることまくること。

『黒猫ラ・モールの歴史観と意見』(吉川良太郎)

 「世界は人間の手で記述できる。その思想は、やがてこう発展した。ならば世界は人の手で書き変えられるはずだ。よろしい。ならば吾輩は、彼らが世界をどのように変えていくのかを見届けよう」(単行本p.74)

 太古の昔から死者の魂を喰らい続けてきた黒猫が、人類の未来を見届ける。18世紀パリの共同墓地からはるかな未来へと駆け抜ける壮大な寓話ですが、語り手であるラ・モール君が、「神秘に見える吾輩の存在も、一応の合理的解釈が可能となろう」(単行本p.69)と語り、SFだと言い張るのが可愛い。

『楽園(パラディスス)』(上田早夕里)

 「人間は道具を使うことで自分を拡張するわ。道具は人間の身体の一部なの。だとすれば、こうも言えるわよね。テクノロジーそのものも、人間の身体の一部なのだと」(単行本p.110)

 事故で急死した恋人が残していた人格データ。それは彼女そのものではないが、それなら彼女そのものとはいったい何なのだろうか。テクノロジーが人間の本質を変容させてゆく未来へ果敢に切り込んでゆく本格SF。この著者が書いた脳や意識をテーマにしたSF短篇は、いつも凄味があります。

『チャンナン』(今野敏)

 「小説家というのは、荒唐無稽なことを考えているようで、実はものすごく地に足のついたことしか考えられない」(単行本p.133)

 沖縄にはじめて伝わった空手道の源流とは、いったいどのようなものだったのか。それについて考えていた空手の師範が、酒に酔った勢いで過去の沖縄にタイムスリップしてしまうが・・・。最近書かれた作品とは思えないほどオールドスタイルの昭和SF。

『別の世界は可能かもしれない。』(山田正紀)

 「彼女はその説をここまで押し進めるべきだったのだ、すなわち人間とは遺伝子の「悲惨実験」のいわば供試試料にすぎないのだ、と」(単行本p.184)

 障害を持った内向的な少女が、人為的に知能を高められたネズミと心を通わせる・・・。『アルジャーノン』方向に進むか、それとも映画『ウイラード』風ホラーか、と思っているうちに物語はトンデモない方向へと爆走。遺伝子と表現形の戦い、とか、いかにもこの著者らしい力業の数々が印象的。

『草食の楽園』(小林泰三)

 「簡単なことよ。構成メンバーが全て善人による社会ができれば、市民たちはみんな幸せになる」(単行本p.201)

 理想社会の実現を目指す宇宙コロニー。だが、やがて格差が生まれ対立が生じ・・・。なぜ社会から対立と争いがなくならないのかを追求した、ユートピア小説をからかったような寓話。

『不死の市』(瀬名秀明)

 「人生のさまざまな象徴である四つの香辛料の名は、リフレインの際に変わる。四という数字は人類が初めて細胞の時間を戻すときに振りかけた遺伝子の数だ」(単行本p.234)

 再生医療技術の暴走により生じた疫病で壊滅した遠未来。異形の生態系の中を旅する男女をうたった神話。iPS細胞と北欧神話を結びつける手際が見事。

『リアリストたち』(山本弘)

 「その事実は、私たちノーマルにとって、喉に刺さった小骨のようなものだった。些細なことだが、いらいらさせられるのだ。私たちは真にリアルと縁を切ることができない」(単行本p.291)

 多くの人々が自室に引きこもり、仮想空間で暮らしているバーチャル時代。語り手は、物理世界で生きることを選んだ「リアリスト」と呼ばれる特殊な人々から面会を申し込まれる。だが、その目的は何なのか・・・。ネット中毒やネトゲ廃人が多数派、「ノーマル」となった未来をえがく風刺SF。

『あの懐かしい蝉の声は』(新井素子)

 「とても不便だった。だって、他のみんなは第六感を持っているんだもん。んでもって、あたしには、それが、ないんだもん」(単行本p.318)

 普通の人が持っている第六感と呼ばれる感覚が欠如していた語り手は、手術によりその「障害」を治すことになったが・・・。スマホ等でいつでもネットにアクセスするようになった現代に対する違和感を扱った作品。いまだに10代の感性で書けてしまうというのが凄い。

『宇宙縫合』(堀晃)

 「初歩的なフィードバック回路です。戻す信号が正か負で、発振するか減衰するかが決まる」(単行本p.360)

 記憶を失って彷徨っていた男が、警察に保護され、自分とまったく同じ男が死体となって発見されたということを伝えられる・・・。時間ループものだということは予想がつきますが、その背後にある壮大なアイデアに圧倒されます。ラストは『果しなき流れの果に』(小松左京)へのオマージュではないかしら。

『さよならの儀式』(宮部みゆき)

 「この国を成り立たせるためには、ロボットを造って使って壊して買い換えるというループを守らねばならない。(中略)ロボットへの思い入れが過ぎる人びと----擬人化が行き過ぎて愛情過多になってしまう人びとが現れたことも、このループの副作用みたいなものだ」(単行本p.387)

 家庭用ロボット回収施設の顧客サポート、「ロボットと別れ難いというユーザーにご納得いただく」(単行本p.374)仕事をしている技術者。どんなに機械だと分かっていても愛着を感じてしまう人間の心をテーマにしながら、こっそり現代の労働雇用問題を風刺した切れ味鋭い短篇。

『陰態の家』(夢枕獏)

 「何かを好む、何かを愛玩するということの中には、何かしらの狂気が混ざり込んでいるものだ。そういうもので、往々にして、人は身を滅ぼす」(単行本p.401)

 魑魅魍魎に苦しめられている屋敷に赴いた傀儡師が、怪異の原因を突き止めようとするが・・・。いかにも著者らしい伝奇ホラー作品。陽極線・陰極線(ちなみに重ねると「太極線」になるそうな)、気の循環ループなど、怪しい疑似科学的な言葉や概念で、絶妙にいい雰囲気を作り出してしまう手際はさすが。

 というわけで、初心者からSFのコアなファンまで、幅広い読者をターゲットにしたと思しきアンソロジーです。個人的な好みでは、『黒猫ラ・モールの歴史観と意見』(吉川良太郎)、『楽園(パラディスス)』(上田早夕里)、『宇宙縫合』(堀晃)、『さよならの儀式』(宮部みゆき)、『陰態の家』(夢枕獏)が気に入りました。

[収録作品]

『神星伝』(冲方丁)
『黒猫ラ・モールの歴史観と意見』(吉川良太郎)
『楽園(パラディスス)』(上田早夕里)
『チャンナン』(今野敏)
『別の世界は可能かもしれない。』(山田正紀)
『草食の楽園』(小林泰三)
『不死の市』(瀬名秀明)
『リアリストたち』(山本弘)
『あの懐かしい蝉の声は』(新井素子)
『宇宙縫合』(堀晃)
『さよならの儀式』(宮部みゆき)
『陰態の家』(夢枕獏)


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