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『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』(松田卓也) [読書(サイエンス)]

 「人工知能の進歩は、国家を超えて人類の運命を左右する極めて重大な問題だと私は思います。しかし、日本人はそのことをぜんぜんわかっていません」(新書p.215)

 コンピュータの指数関数的な進歩により、2045年には人類を超える人工知能が誕生すると予想されている。そのとき、いったい何が起こるのか。「シンギュラリティ」(技術的特異点)について、一般向けに易しく紹介した一冊。新書版(廣済堂出版)出版、2013年01月です。

 未来のある時点で、人類を越える人工知能が誕生したとします。すると、そこから先のテクノロジーの進展は、人類よりはるかに高速で高度な思考を行う超知性体が担うことになるでしょう。また超知性体は、自分自身を常に改良し続け、さらに優れた超知性体を創り続けることでしょう。

 これらの効果が相乗することで、テクノロジーの進歩は、人類の制約も、理解さえも、はるかに越えて、爆発的に加速してゆくことになります。そこから先がどうなるのかは、まさに予測不能。

 上のようなアイデアは、物理法則が破綻するポイント(質量無限大点)を示す用語をそのまま流用して、「シンギュラリティ」(技術的特異点)と呼ばれています。何しろ人類の理解を超越したオーバーテクノロジーを説明なしに出せるという便利さからか、最近のSFにはよく登場する言葉です。

 レイ・カーツワイルの『ポスト・ヒューマン誕生』によると、シンギュラリティは遠い未来の話ではなく、私たちの多くがまだ生きている近未来、具体的には2045年にやってくるといいます。この本については、2007年05月10日の日記に書きましたので、興味がある方はそちらをお読み下さい。

  2007年05月10日の日記:『ポスト・ヒューマン誕生』(レイ・カーツワイル)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2007-05-10

 さて、前ふりが長くなりましたが、本書はこのシンギュラリティについて、一般向けに易しく紹介するものです。「2045年問題」というキャッチーなタイトルがお見事。カーツワイルの予測を前面に押し出し、その日に備えて私たちはどうすればいいのかを問います。

 まず、コンピュータの進歩がどれほど急激で、しかも加速しているかを色々と論じた上で、欧米における人工知能開発プロジェクトの現状を紹介します。

 「アメリカ国防省は、シナプス計画フェイズ2のために3100万ドル(約24億8000万円)の予算をつけたと報じられています。(中略)フェイズ4では、1億のニューロンをもつチップをつくり、人間と同レベルの100億のニューロンをもつ人工頭脳をつくろうと計画しています」(新書p.110、111)

 「このような大がかりな人工知能開発計画は、アメリカだけでなくヨーロッパにもあります。「ブルー・ブレイン・プロジェクト(Blue Brain Project)」がそれです。(中略)計画が成功すれば、2023年には人間の頭のなかで起っているすべての化学反応が、コンピュータでシミュレートできます」(新書p.111、115)

 「神のような機械ができるのは、2050年から2100年までの間だろうとデ・ガリスはいいます。カーツワイルは2045年に特異点に達すると予測していますから、それよりはすこし遅いのですが、ふたりとも今世紀中と見ているわけです」(新書p.132)

 このように、欧米では、シンギュラリティが現実の問題(つまり大型予算の対象)として検討されているのです。しかし、本当にシンギュラリティが近づいたとき、何が起きるのでしょうか。

 「デ・ガリスは、人類が危機にさらされるとしても神となる人工知能をつくろうという人々を「宇宙主義者」、それに反対する、人間が大事だという人々を「地球主義者」と呼びます。そして、21世紀後半、両者の間で大戦争が起きるというのが、デ・ガリスの未来予測です」(新書p.158)

 「カーツワイルはデ・ガリスよりも楽観的で、先ほど述べた通り、人類は滅ぼされるのではなくて、コンピュータのなかに入っていって生き続けると考えています」(新書p.159)

 いかにも欧米の未来学者や哲学者など知識人が好みそうな議論ですが、これに対して著者は別の可能性を提示します。

 「コンピュータのこれまでの爆発的な進歩は、人類の経済的な繁栄に支えられたものだからです。もし、それが失われたら、人間は食べていくのに精一杯になって、「ゴッド・ライク・マシン」をつくるような余裕はなくなります」(新書p.196)

 皮肉なことに、コンピュータの発達がグローバル経済を破綻させ、人工知能開発プロジェクトの予算が凍結された結果、シンギュラリティは来ないというシナリオ。

 余談ですが、SFマガジン2013年4月号に掲載された『Hollow Vision』(長谷敏司)では、次のように書かれています。

 「技術的特異点の突破から50年間も人類社会は正気でいられた。宇宙に生活の場を得る前、いつ核戦争で種が滅びるか分からない狂気の時代も、この鈍感さで乗り切れたのだ」(SFマガジン2013年4月号p.65)

 欧米の知識人(キリスト教の呪縛が強すぎると思う)に比べて、「金がないので無期延期」、「気にしないで鈍感にやり過ごす」、というのは、いかにも日本人らしい発想。個人的には、これこそリアルな未来予想というものだ、と感じますけど。

 というわけで、シンギュラリティとそれが引き起こす事態について、主に欧米で議論されている内容を簡単に紹介する本です。データに基づいた緻密な論考や、包括的で深い洞察が書かれているというわけではありませんが、そもそも言葉すら知らないとか、基本的な議論をざっと知っておきたい、という方には向いています。

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