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『スタッキング可能』(松田青子) [読書(小説・詩)]

 「嘘ばっかり! 嘘ばっかり! ウォータープルーフ嘘ばっかり! 落ちないマスカラ嘘ばっかり! 気がつきゃ目のふち真っ黒に! パンダ目なんて言われてパンダも大迷惑!」

 オフィスに渦巻く理不尽を現代文学しちゃう表題作ほか全六篇を収録した短篇集。単行本(河出書房新社)出版は、2013年01月です。

 素晴らしい傑作です。今年の個人的ベスト入りは確実。大声でとにかく読め読め叫んで回りたい。ふるふるふる。

 「『わたし』はいつか自分はがっかりしない男の人に出会えるんだろうかと想像してみた。望み薄だな。だってこんなにうじゃうじゃいるんだもん。うっじゃうじゃ。『わたし』の世界は、夏休み真っ只中の循環ドーナツ型の流れるプールみたいだった。なんだこの一つも楽しくないプールは」(単行本p.17、18)

 「決して誘ってこない女。これも結局レズビアン。バレンタインデーにチョコレートをくれないレズビアン。義理チョコでも構わないのに、くれたというその気持ちだけで好評価なのに、死んでもくれないレズビアン。街角のレズビアン。電車内のレズビアン。コンビニのレズビアン。角を曲がると向こうからレズビアン。レズビアンはどこにでもいた。生活圏内レズビアンだらけだった」(単行本p.12)

 「どうも自分はうまくやれない。この世界は居具合が悪い。理由なんて別にない。もう幼稚園からわかっていた。友達の、同級生の、周りにいる人たちの、話している内容が理解できない。意味がわからない。面白いと思えない。なぜどうでもいいことをいちいちずっとしゃべっているのか。それに合わせるとすごく疲れる」(単行本p.50)

 「こいつらはなんでいつも何の疑問もなく自分たちが普通だと、自分たちがデフォルトだと信じ込めているのか。ただの脈々と続いてきた空気でしかないものを分厚い百科事典でもあるかのように鵜呑みにしていられるのか。ありもしない辞書を信じていられるのか。しかし自分たちが世界標準だと思っているやつに何を言っても無駄なことは日を見るより明らかで、それがさらに嫌になった。(単行本p.44)

 「セクハラしてくるかわりにセクハラだよなって声をかけてくれることはありがたく思うべきだと知っている。じゃあなんでこんなに寒々しい気持ちになるんだろう。どうしてただここにいられないの。どうしてずっと女だって、自分は女だって意識させられないといけないの。どうして仕事と関係ないところで、いつも居心地が悪い思いをしないといけないの。どうしてそれ含めて仕事みたいな部分があるの。どうしてありがたく思わないといけないの。少しもありがたくねえよ」(単行本p.88)

 男も女も、黙ってうんざりしています。けなげに仕事して、傷ついて、ストレス溜めて、果てしなく疲れ、絶望しています。誰もが類型的で、匿名で、毎日人員を総取っ替えしても何の支障もなく続いてゆく。そんなオフィスの不思議をぐーりぐーり書いてしまう表題作。素晴らしい。

 「私には選ぶ権利がない。でも待つことはできる。ここでこうして植え続けたら、いつかまた素敵なものが、見ているだけで心が温かくなるものたちが、箱から出てくる日が来るかもしれない。ならば私はここで待つ。植えながら待つ。マーガレットは恐怖を植えた。マーガレットは恐怖を植えた。マーガレットは深呼吸した。マーガレットは恐怖を植えた。軽くストレッチして身体をほぐした。水筒に入っているいい香りのハーブティーで一休みした。マーガレットは恐怖を植えた。マーガレットは恐怖を植えた。クロネコの配達員が次の箱を届けに来た」(単行本p.114)

 滑稽ともいえる乾いた文章のリズムで、果てしない絶望をさらりと飲み込ませる。ケリー・リンク、ミランダ・ジュライ、ジョージ・ソーンダースといった作家たちが並んでいる棚に、例えば『嵐のピクニック』(本谷有希子)といっしょに置いて違和感のない一冊。うっかり「翻訳が見事だな」と思ってしまう一冊。

 大声でとにかく読め読め叫んで回りたい。ふるふるふる。

[収録作品]

『スタッキング可能』
『ウォータープルーフ嘘ばっかり!』
『マーガレットは植える』
『ウォータープルーフ嘘ばっかり!』
『もうすぐ結婚する女』
『ウォータープルーフ嘘ばっかりじゃない!』


タグ:松田青子
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