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『ずる 嘘とごまかしの行動経済学』(ダン・アリエリー) [読書(教養)]

 「わたしたちは思いつく限りの言い訳を総動員して、自分がルールを破っているという事実から距離を置くのが、とんでもなくうまい。とくに自分の行動が、だれかに直接害をおよぼす行動から何歩か離れているときがそうだ」(Kindle版 No.2658)

 人はどんなときにどのくらいインチキを行うのか。様々な実験で確かめられたのは、意外な事実。不正行為に手を出すメカニズムを行動経済学の手法で解きあかす好著。単行本(早川書房)出版は2012年12月、電子書籍版の出版は2013年01月です。電子書籍版を、Kindle Paperwhiteという電子書籍リーダーで読みました。

 「不正を減らす見こみがあるとすれば、そもそもなぜ人が不正な行動をとるのか、それを理解することから始めなくてはならない」(Kindle版 No.3560)

 不正行為をなくすには、罰則を厳しくしたり、監視を強化したりすることで、それが「割に合わない」ようにしてやればよい。人は、「発覚する確率」、「ペナルティ」、「不正によって得られる利益」を天秤にかけて、不正を行うか否かを合理的に判断しているに違いないのだから。

 著者はこうした伝統的な見方を、実験によってあっさり打ち砕いてしまいます。

 「不正の水準が、不正によって得られる金額にそれほど左右されない(わたしたちの実験ではまったく影響を受けなかった)という実験結果は、不正が単に費用と便益を分析した結果行われるわけではないことを示している」(Kindle版 No.402)

 「そのうえ、見つかる確率を変えても不正の水準が変化しなかったことを考え合わせると、不正が費用便益分析をもとに行われる可能性はさらに低くなる」(Kindle版 No.404)

 では、人はどのようなとき、どのくらい不正をするのか。著者は巧妙に設計された様々な実験により、人を不正に駆り立てる要因を明らかにしてゆきます。研究対象となるのは、自己正当化、自己欺瞞、創造性、軽微な反道徳的行為の自覚、精神的な消耗、自分の不正によって他人も利益を得るという状況、他者の不正行為を目撃すること、チームワーク、などなど。

 報酬を換金チップで支払うと、現金払いのときより不正が多くなる。創造性の高い人ほど不正行為をしやすいが、知能の高低は影響しない。不正が純粋に利他的な理由から行われる(自分がその行為から何ら利益を得ない)場合には、不正の度合いがかえって高まる。偽ブランドを身につけているだけで不正行為に手を染める可能性が高まる。署名欄を書類のトップに配置すると不正が減る。道徳イメージを連想させるだけで不正の抑止に効果がある・・・。

 こうした興味深い実験結果が次々と提示されます。これらの結果から、著者が辿り着いた考えは次の通り。

 「わたしたちはほんのちょっとだけごまかしをする分には、ごまかしから利益を得ながら、自分をすばらしい人物だと思い続けることができるのだ。この両者のバランスをとろうとする行為こそが、自分を正当化するプロセスであり、わたしたちが「つじつま合わせ仮説」と名づけたものの根幹なのだ」(Kindle版 No.415)

 「わたしたち人間は、根本的な葛藤に引き裂かれている。自分や他人を欺こうとする根深い傾向と、自分を善良で正直な人間と思いたいという欲求との葛藤だ。そこでわたしたちは、自分の行動がなぜ妥当で、ときには賞賛に値しさえするのかを説明する物語を語ることで、自分の不正直さを正当化する。実際、わたしたちは自分をだますのがとてもうまいのだ」(Kindle版 No.2385)

 不正を自分のなかで正当化する能力の強力さを示すエピソードも多数挙げられています。例えば、不正で点数を水増ししたことを自覚しているにも関わらず、人間は水増しした点数を自分の実力だと本気で信じてしまう、いわば不正によって自分すら簡単に騙してしまう、ということを示す実験とか。

 こうして、丹念な実験の積み重ねから、説得力あるいくつかの結論が導き出されます。最も重要なのは、「犯罪を減らすには、人が自分の行動を正当化する、その方法を変えなくてはいけない」(Kindle版 No.784)ということではないでしょうか。例えば、いわゆる厳罰主義は本当に犯罪を減らすのに有効なのか、大いに疑問がわいてきます。

 極めて真面目で重いテーマを扱っている本書ですが、文章は軽妙でユーモアたっぷり。最初から最後まで楽しく読めます。本筋とは別に、様々な余談も詰め込まれており、これがまた面白いのです。個人的に最も気に入った余談は、こうです。

 「数年にわたってデータを収集し、祖母が亡くなる確率が、中間試験の前は10倍、期末試験の前には19倍にも跳ねあがることを示した。おまけに、成績が芳しくない学生の祖母は、さらに高い危険にさらされていた。落第寸前の学生は、そうでない学生に比べて、祖母を亡くす確率が50倍も高かったのだ。(中略)学生がとくに学期末になると、(教授への電子メールのなかで)祖母を「亡くす」可能性が高まるのは、いったいなぜだろう?」(Kindle版 No.1509)


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