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『名作うしろ読み』(斎藤美奈子) [読書(随筆)]

 「なにしろ一編の最後を飾るフィナーレである。さぞや名文ぞろいにちがいないと、当初、私は期待しないでもなかった。結論からいえば「着地がみごと決まって拍手喝采」な作品はむしろ少ない。(中略)フィニッシュをピタッと決めて美しく舞台を去りたい。そう願っても、人生と同じで本てのも、そう上手くはいかないのである」(単行本p.296)

 文芸評論家である斎藤美奈子さんが、2009年から2011年にかけて、読売新聞夕刊に連載した古典紹介コラムをまとめた一冊。単行本(中央公論新社)出版は、2013年01月です。

 覚えていますか、あの結末の一文を。

  「読者は無用の憶測をせぬが好い。」
  「勇者は、ひどく赤面した。」
  「下痢はとうとうその日も止まらず、汽車に乗ってからもまだ続いていた。」
  「明日はまた明日の陽が照るのだ」
  「神に栄えあれ。」
  「老人はライオンの夢を見ていた。」
  「逃げるてだては、またその翌日にでも考えればいいことである。」

 古今東西の古典的名作132冊を取り上げて、その「ラスト一行」を紹介する書評集です。名作の「書き出し」部分を紹介した本は数ありますが、その逆というのはコロンブスの卵。何しろラストシーンの紹介ということで、結末をすべて明かしてしまいます。

 書式は完全に統一されており、1作品につき見開き2ページ。まず最初に「ラスト一行」が大きく書かれ、続いて結末を中心とした内容紹介とコメント、その作品に関する豆知識的な補足情報、そして最後に作品情報(タイトル、出版年、出版社、作者のプロフィール)が続きます。

 本文にあたる内容紹介は実質1ページ半。短篇から大河小説まですべてこの分量で紹介した上に、コメントや解説まで付けてしまうという職人技。それも設定やストーリーを追うだけでなく、いかにも斎藤美奈子さんらしいツッコミもあり、個人的にはそこが嬉しい。

 例えば、『伊豆の踊子』(川端康成)へのツッコミはこうです。

  「途中まではロリコン小説、最後はボーイズラブ小説!? 大丈夫かな、この一高生」(単行本p.35)

 『白鯨』(メルヴィル)の評価。

  「ゲイ文学の傑作に認定したい」(単行本p.167)

 『ビルマの竪琴』(竹山道雄)への皮肉。

  「ビルマの人々の目はまったく意識されていない。水島の行為によって隊も読者も「癒やされて」しまうあたり、どこまでも「われわれ日本人」の物語なのだ」(単行本p.213)

 『菊と刀』(ルース・ベネディクト)の紹介。

  「古典とは読まれずにその名だけが流布する段階に至った著作(中略)という評言がピッタリな本」(単行本p.241)

 『銀の匙』(中勘助)の紹介。

  「チャキチャキした土地柄に反して「私」は弱虫で泣き虫で意気地なし。「なよなよ」「めそめそ」とした少年時代をそうっと慰撫するような作品」(単行本p.182)

 そういえば、設定もストーリーもまったく異なるけどタイトルが似ている、人気コミック『銀の匙 Silver Spoon 』(荒川弘)もいわれてみればそういう話ですね。

 最後に、「名作のエンディングについて」というエッセイが付いており、様々な結末のパターンが分類されています。これも皮肉が効いていて素晴らしい。例えば、「風景が「いい仕事」をする終わり方」という章では、こんな助言が。

 「もしもあなたが何かを書いていて、終わり方で困ったら、とりあえず付け足しておこう。「外には風が吹いていた」「空はどこまでも青かった」「私は遠い山を見つめた」」(単行本p.293)

 というわけで、古典名作のブックガイドとしても有効ですし、斎藤美奈子さんの毒舌が鋭い書評集としても楽しめます。とりあえず結末が分かるので、「読んだふり」「知ったかぶり」をする役にも立ちそう。


タグ:斎藤美奈子
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