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『なんらかの事情』(岸本佐知子) [読書(随筆)]

 「もう四捨五入をすると百なので、そろそろ次のことを考えておいたほうがいい気がする。次というのはつまり、次に生まれ変わったら何になりたいかということだ」(単行本p.54)

 ふと気にかかる妙な想像。ひたすら暴走する妄想。しかも暴走中だというのにそこらでぶらぶら寄り道する妄想。『気になる部分』と『ねにもつタイプ』という二冊の名エッセイ集で読者を魅了した岸本佐知子さん、待望の第三エッセイ集。単行本(筑摩書房)出版は、2012年11月です。

 「なぜ私が必ず猿がボタンつけをした服を買ってしまうのかわからないが、その同じ猿がしばしば私の買う服の裾のまつり縫いも担当しており、だから私には裾運もない」(単行本p.17)

 第二エッセイ集『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞を受賞した岸本佐知子さんの最新エッセイ集です。どうしても世間から浮いてしまう自分、日常生活でふと気になる変なこと、差し迫った仕事があるときなどに限って止まらなくなる妄想。前作同様、生真面目な文章により、思わず吹き出してしまう滑稽さと、ほんの少しの不安を残してくれる、名エッセイがそろっています。

 「一度でも外に持っていけば間違いなく今生の別れになる、それが確信できるほどその傘を私は気に入っている。外でさせないので、ときどき家の中でさしてみる。雨の日にさして部屋の中を歩きまわる。床の上に開いて置き、その中にうずくまってみる。青空をバックに記念撮影する。蜜月ではあるが、それはもう傘ではない別の何かだ」(単行本p.20)

 「私はいま、ひそかに気にかけているものがある。<カルミック>だ。公共のトイレで昔からよく見かける、便器の排水管の途中から枝分かれして壁に取り付けてある、あの銀色の箱。あれはいったい何をするためのものなのか。(中略)その釈然としない感じも含めて、私は<カルミック>を好ましく思っている。応援したい」(単行本p.32)

 「久しぶりに「うりずん」がやって来る。「うりずん」がやって来ると、判で押したように「デラシネ」と「ヘルダーリン」もついてくる。辞書で調べれば意味はすぐにわかるのだろうが、来なくなってしまうと寂しい気もするので、そっとしてある。どっちみち、たいてい半日ほどいて帰ってしまう」(単行本p.34)

 レジに並んだとき自分の列が一番遅くなる才能で世界新記録達成、金メダル授与。「立ち合いと同時に変化しました」とアナウンサーが実況中継するとき、力士はいったいどう変化したのだろうか。臓器が不調を訴えてきたらうるさいだろう。空きビンを捨てようとテーブルに並べて、ついつい言ってしまう「愚民どもめ」。

 読書するとき気になって仕方ない、ページ端に存在する謎めいた物体、親指。サザエのふただけを扱う専門店を夢見る。今の自分と、二人組の男たちに連行されているあの宇宙人と、どっちがよりやばいだろうか。

 よくこれだけ変な話題が続くなあと感心しますが、しかしよく分かる気もします。二度目に読むとその妄想やら過去やらが自分のものになっていることに気づいて愕然と。

 ラスト一行で強烈な余韻を残す『金づち』、『M高原の馬』、『万物の律儀さ』といった作品、短いネタを積み重ねてとんでもない世界に読者をつれてゆく(そして置き去りにする)『みんなの名前』、『やぼう』、『おめでとう、元気で』など、もはやエッセイというより短篇小説のようで、お気に入りです。

 なお、『虚構機関 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵)に収録された、「ダース・ベイダーも夜は寝るのだろうか」の『ダース考』、「小学生のころ、家の近所に「快獣ブースカ」がやって来た」の『着ぐるみフォビア』、この二篇も収録されていますので、SF読者にもお勧め。というか、SFショートショート小説集として読んでも素晴らしい。


タグ:岸本佐知子
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