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『戦場の都市伝説』(石井光太) [読書(教養)]

 「極限の恐怖と不安が交錯する戦場ほど、都市伝説が語られやすい空間はないといえるだろう」(新書版p.4)

 大量虐殺後に見つかる巨大魚、決して倒せない白服の自爆テロ犯、ユダヤ人の遺体から作った石鹸、さまよう少年兵の霊、喰われた内臓を探す亡霊たち。戦場の真実を赤裸々に物語る噂の数々。新書版(幻冬舎)出版は、2012年09月です。

 兵士は敵の奇襲に怯え、民間人は無差別殺戮に震え上がり、誰もが処刑や拷問の恐怖に押しつぶされてゆく。そんな状況下で広がっていった噂や都市伝説を紹介してくれる一冊です。恐ろしい話、極悪非道な話、ときには哀しい話。極限状況に置かれた人間の心が垣間見えるような物語の数々には、思わず息をのみます。

 単に「こんな都市伝説が流布した」で終わらず、その背後にある、隠蔽された事実や、抑圧された人々の心理などを、丁寧に読み解いてゆくところが素晴らしい。

 「私はそれらの物語を一つ一つバラバラにしていくことで、そこに潜んでいる国家が隠してきた大罪、兵士たちの語られざる心境、住民たちの軍人への恐怖心などを、浮き彫りにしていきたいと思う」(新書版p.5)

 例えば、ウガンダ内戦後にビクトリア湖の魚が巨大化した、という噂。虐殺された大量の遺体が湖に捨てられ、それを食べた魚が肥え太った、という恐怖譚です。同じ噂はポル・ポト派による大量虐殺が起きたカンボジアでも流れ、また日本でも東京大空襲後に東京湾の魚が大きくなったという噂が流れるなど、世界各地で類似した物語が語られているとのこと。

 「最近でもテレビや雑誌に世界の「巨大魚伝説」のニュースが報じられていることがある。ゴールデンタイムのバラエティ番組が、世界の怪魚・珍魚を追ったりすることも珍しくない。だが、よくよく見てみると、こうした番組の舞台となっている国は、少し前まで戦争をしていた、アフリカや中南米の国であることが多い」(新書版p.21)

 こういったことを知ると、「世界びっくりニュース。どこそこの奥地で謎の巨大生物が目撃された!?」といったUMAネタを聞いても、そんな噂の背後にある人々の恐怖や怨嗟を想像してしまい、もう二度と気楽に楽しむことが出来なくなります。

 911テロのとき犠牲者にユダヤ人が一人もいなかったという噂。イスラエルに出没する「白服を着た不死身の自爆テロ犯」。メキシコ麻薬戦争で遺体に隠して密輸された大量の麻薬。ナチスがアウシュビッツで製造していたユダヤ人の遺体から作った石鹸。アフガニスタン内戦当時、地面から生えてきた小さな女たちの首。ベトナム戦争当時、生きたまま埋葬された南ベトナムの負傷兵たち。

 読み進めるにつれて沈鬱な気分になってきます。戦時下で人間はどんな恐怖に襲われ、どんな非道なことをするのか。戦場の都市伝説には、血のしたたる無念の訴えがカミソリの刃のように埋め込まれており、ぞっとするほどリアルな衝撃を与えてきます。

 後半はもっと恐ろしい。

 コンゴ内戦で強制徴用された少年兵たちの亡霊が、「お守り」を探してさまよい歩く。カンボジア虐殺の犠牲者たちの怨霊が、喰われた自分の内臓を返せと生者を襲って腹を切り裂こうとする。湾岸戦争で死体の修復に従事した労働者が発狂して自殺、その死体は同僚の手で淡々と修復される。シエラレオネ内戦で負傷した兵士が、四肢切断された住民たちに取り囲まれ、長時間かけて手足を切り取られる。

 もう勘弁して下さい、というような恐ろしい話が次から次へと。解説がまた、実際にどんなことが行われたのかを詳しく説明してくれるもので、もう気分が悪くなります。噂よりも事実の方が陰惨だし。

 しかし、これで終わりではありません。最後に待っているのは、こういう話。

 中国国共内戦において、「国民党は猿の軍団を使っている。殺人術を仕込まれた猿が、自らの死を恐れず、嬉々として残忍に人間を殺し回っている」という奇怪な噂が流れ、共産軍の兵士たちは震え上がった。「猿」の正体は、残留日本兵のことであった。

 中国黒竜江省ハルビンにて、全身に黒い斑点が浮かび上がり高熱を発する奇病が発生した。調査の結果、患者はみんな日本軍の七三一部隊跡地を訪れていた。現地で祈祷したところ、症状はぴたりと止んだ。残虐な人体実験で殺された犠牲者たちの怨念が引き起こしたことに違いない。

 大戦中に日本軍によって強制連行され沖縄で殺された大量の朝鮮人の霊は、いまだに慰霊碑の周囲をさまよっている。沖縄の平和祈念公園を訪れたときは、決して朝鮮語を口にしてはいけない。もし口にすれば、祖国に帰りたいと願う亡霊たちに取り憑かれてしまう。

 他にも、南京大虐殺の犠牲者たちの遺体があまりにも大量に浮かび上がって長江をせき止めてしまった、岐阜県八百津町にある通称「朝鮮トンネル」の壁には工事のために強制徴用された朝鮮人の遺体が大量に埋められている、などなど。

 なお、こういった都市伝説や怪談を「反日プロパガンダ」と嘲ったり憤ったりするご立派な「愛国者」の方々がおられますが、歴史認識がどうであれ、殺された者やその家族の「怨念」は本物であり、反論や嘲笑では決して消えません。いつまでも過去のことで責められるのが嫌であれば、なおさら、どうすれば真の「慰霊」「鎮魂」が出来るのか、被害者側といっしょに真剣に考えてゆくべきではないでしょうか。

 というわけで、あまりの陰惨さと生々しさに、気楽に読むことは出来ない本です。噂や都市伝説を通じて、戦争とはどういうものか、戦争に巻き込まれるというのはどんなことなのか、そのむき出しの感触を確かめたい、という方だけ、それなりの覚悟を持ってお読み下さい。


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