SSブログ

『ゴースト・ハント』(H・R・ウェイクフィールド) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 「わたしたちはいま三階建ての中規模のジョージ朝様式の屋敷のなかにおります。場所はロンドン近郊です。記録によりますと、この屋敷が建てられた時からいままで、屋敷のなかで、もしくは屋敷を出て自殺した人間の数はなんと三十人にも及ぶそうです・・・」

 ラジオ番組のリポーターが実況中に遭遇する惨劇、屋敷のなかを徘徊する緑色の恐怖、死者の怨念がとりついた棋譜、夢のなかで時を刻み続ける時限爆弾。英国ゴースト・ストーリーの伝統を継承しつつ、現代的な作風で一世を風靡したウェイクフィールドの傑作選。文庫版(東京創元社)出版は、2012年06月です。

 伝統的な幽霊譚の風格に加えて、モダンホラーを思わせるサスペンスやはっきりとした怪異出現、クライマックスの恐怖シーンでさっと終わらせる鮮やかな構成。幽霊屋敷から呪術対決まで、H・R・ウェイクフィールドが遺した短篇小説から選び抜かれた18篇を収録した傑作選です。

 まず、何といっても収録数が多いのが、幽霊屋敷もの。

 表題作『ゴースト・ハント』は、幽霊屋敷に乗り込んだラジオ番組のリポーターの実況中継、という形で書かれています。最初は余裕たっぷりだったリポーターが、次第にうろたえてきて、恐怖と不安でしどろもどろになってゆく。読者に「視聴者」の立場を強いて、パニック状態のリポーターが口走る謎めいた言葉や叫び声だけから、現場で起きていることを想像させる、という手法が極めて効果的に使われています。

 『赤い館』では、掃除しておいたはずなのに朝になると床にてんてんと落ちている緑色の泥、という描写によるほのめかし(水にふやけ緑色に膨れ上がった何かが夜中に廊下をうろついているのではないか)が強烈。真っ暗闇のなか幽霊屋敷に取り残され出口が見つからなくなる『目隠し遊び』もシンプルに怖い。

 他に、『見上げてごらん』、『通路(アレイ)』、『暗黒の場所』、『死の勝利』などが幽霊屋敷を扱っています。屋敷ではないものの、山、農村、谷といった「呪われた場所」に踏み込んだ登場人物が恐ろしい体験をする『ケルン』、『最初の一束』、『チャレルの谷』なども同じ種類の怖さがあります。

 また、殺人事件の犯人が被害者の怨霊に苦しめられ、ついに無残な死を遂げる、という幽霊譚の基本もしっかり。

 『ポーナル教授の見損じ』で扱われるのは、チェス名人同士のいさかいから起きた殺人。死者の怨念がこもるのは、何とチェスの棋譜そのもの。神の手筋ともいうべきその究極の手を指した棋士は無差別に怨霊にとり憑かれる。祟りが時間空間をこえて伝搬し、無差別にたまたま触れた犠牲者を襲う、という設定には非常に現代的(というかJホラー的)なものを感じます。

 殺人事件の被害者の怨念がやどった何かが身辺に出没して、犯人を心理的に追い詰めてゆく、というパターンの作品もけっこう収録されています。『〝彼の者、詩人(うたびと)なれば……〟』の詩、『湿ったシーツ』のシーツ、『悲哀の湖(うみ)』の湖、『不死鳥』の鳥、といったものが怨念の媒介物として印象的。

 そして、何らかの呪術的パワーを持った怪人物をめぐる心理サスペンス、という趣向の作品がいくつか。『〝彼の者現れて後去るべし〟』や『蜂の死』では、魔人に東洋の呪いをかけられた犠牲者が非業の死をとげますし、『中心人物』では呪いは演劇の脚本という形をとって惨劇を引き起こします。

 個人的に気に入った作品を挙げるなら、鳥にやどった怨霊がじわじわと追い詰めてくる『不死鳥』、小説としての面白さが際立っている『蜂の死』、妙なユーモアと心理的虐待の陰惨さが渾然一体となった『死の勝利』、そして語りの手法で強烈な恐怖を表現したキレ味鋭い『ゴースト・ハント』と『目隠し遊び』、あたりです。全体的に退屈な作品はなく、短篇小説集として充分に楽しめる出来ばえです。

[収録作品]

『赤い館』
『ポーナル教授の見損じ』
『ケルン』
『ゴースト・ハント』
『湿ったシーツ』
『〝彼の者現れて後去るべし〟』
『〝彼の者、詩人(うたびと)なれば……〟』
『目隠し遊び』
『見上げてごらん』
『中心人物』
『通路(アレイ)』
『最初の一束』
『暗黒の場所』
『死の勝利』
『悲哀の湖(うみ)』
『チャレルの谷』
『不死鳥』
『蜂の死』


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: