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『生きる悪知恵  正しくないけど役に立つ60のヒント』(西原理恵子) [読書(随筆)]

 瀬戸内寂聴のポジションを虎視眈々と狙っているらしいサイバラが、さらに伊藤比呂美のポジションをも狙って(憶測)、人生相談に回答。寄せられた60項目の相談事に加えて、綾辻行人、しりあがり寿、伊藤理佐、重松清、角田光代からの相談にも明快に回答。新書版(文藝春秋)出版は、2012年07月です。

 「生きるって、みっともないことだし、みっともなくていい。あの手この手で、どうにかして生き残った者が勝ち。そのためには、ついていいウソがある。(中略)こういう時代だからこそ、もっと悪知恵を働かせましょう」(新書版p.12)

 様々な悩み事相談を、仕事、家庭、男女、性格、トラブルという5つの章に分けて、漫画家の西原理恵子さんがばっさり回答してくれる人生相談本です。

 就活の悩みには「横入りしろ」、上司に関する悩みには「相手の悪事をみんなに晒せ」、部下に関する悩みには「ネジだと思えば腹も立たない」、といった具合に真面目に回答しているのですが、次第にこんな感じに。

 「英語が苦手なんです」 「フィリピンハブに行け!!」

 「姑との仲が悪くて」 「そのうち死ぬ」

 「30歳過ぎて童貞なんです」 「ソープに行け!(北方りえぞう)」

 「女の子にキモイと言われたんです」
 「中2から高2ぐらいの男子は全員キモイ!」

 「犬のフン害がひどいんです」
 「知らんがな、犬のフンのことなんか!」

 漫画のコマが目に浮かぶような回答になってゆきます。さらに、下半身の相談事になると筆が躍動して。

 「子どもは産んだほうがいいんでしょうか」
 「とりあえず中出し。妊娠したら相手構わず産んどけ」

 「妻子ある男性との関係をこのまま続けるべきでしょうか」
 「いいですか、1チンポではいけません。それがなくなったらどうするんですか。必ず2本はバックアップを持っておくように。泳がせておいてもいい、年に1回くわえるだけでもいいんです」

 非常に実践的です。

 一般の方々から寄せられた相談事に加えて、作家や漫画家の皆さんからの相談事もボーナスで収録。

 綾辻行人「西原さんの創作に対するモチベーション維持の秘訣は?」
 西原理恵子「借金があること(一億四千万円)」

 しりあがり寿「子ども10人と暮らしたいのです」
 西原理恵子「しりあがりさん、子供10人作るくらい精子残ってないと思う」

 他に、伊藤理佐、重松清、角田光代からの人生相談(なのか?)を収録。各人の愛読者は要チェック。

 また、古くからの西原理恵子さんの愛読者にとっては、八巻さん(小学館)、宮崎さん(博報堂)、鴨志田穣さん、麓愛さん、神足裕司さん、ゲッツ板谷さん、伊集院静さん、岩井志麻子さんなど、お馴染みのキャラ、じゃなくて知人についての逸話があちこちに登場するのもお楽しみ。

 伊集院静さんのことを「ろくでなしそのもの」と言い切ったり、岩井志麻子さんについては、・・・ちょっとここには書けないようなエピソードをいくつも披露。

 『毎日かあさん』の愛読者の方々にも、本編には登場しないエピソードが色々と書かれていて興味深く読めると思います。

 「てめえみたいなウソつきは親父みたいな気違いアル中になって道端でクソもらして死んじゃうんだよ。死ねクソ野郎!」(息子を罵倒して)

 「ウチの息子が捨てないんだ、ゴミ箱に。ベッドの脇に投げ捨ててある。お義母さんに聞いたら、鴨ちゃんもそうだったって。血は争えないってのは、こういうことかと」(自慰のあとティッシュペーパーをきちんと捨てないことに憤慨して)

 というわけで、普通に人生相談本として読んでも面白いのですが、西原理恵子さんの漫画作品を読んでいればいっそう楽しめる一冊です。


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『猫ノ眼時計』(津原泰水) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 ミステリなのか、怪談なのか、ダークファンタジーなのか、実はお笑いではないのか。無頼漢を装ったお人好し猿渡とひょうひょうとした伯爵のコンビが活躍する奇妙な冒険もついにクライマックスへ。『蘆屋家の崩壊』、『ピカルディの薔薇』がそれぞれ文庫化されると共に出版された、シリーズ「幽明志怪」完結編。単行本(筑摩書房)出版は、2012年07月です。

 単行本の帯に「さらば猿渡!」と大書きされているので、ええーっ、猿渡、もしかして死んじゃうの? 心配になって急いで読みました。凍え、燃やされ、海に落ち、トラックに轢かれ、幻覚キノコにやられ、山羊の臓物喰わされ、カメラに写らなくなる。さては、すでに奴は死・・・。みたいな目に間断なくあい続ける猿渡いつもの通りで一安心。

 というわけで、猿渡が語り手をつとめる人気シリーズの最長作品『城と山羊』を含む作品集です。

 まず冒頭の『日高川』では美女アイダベルが登場。伯爵を情熱的に追いかけます。

 何しろ激情に駆られると念動発火能力(パイロキネシス)を発揮する(自称)というおっかない女なので、このままでは梵鐘の中に隠れた伯爵を焼き殺しかねない、と懸念した猿渡は必死で彼女を追いますが、まあ大方の予想通り、彼だけがひどい目に。

 親友である伊予田の顛末が語られる『玉響』をはさんで、本書の中心となる中篇『城と山羊』と『続・城と山羊』に続きます。

 友人の美少女が悪魔崇拝の邪教集団にさらわれて生贄にされそうなので助けてほしい、というアイダベルの依頼を真に受けた(受けるなよ)伯爵が、僕が危ない目にあうのは嫌ですから、という理由で猿渡に声をかけ、三人で山羊の島と呼ばれる孤島に向かう、という話です。

 果たして島は本当に邪教集団に支配されているのか。猿渡が目撃した巨大な城は実在するのか。再会した秦遊離子と兄は、この島で何をたくらんでいるのか。

 孤島で彼らを襲う危機また危機。というか、もちろん伯爵やアイダベルは無事で、ひどい目にあうのはもっぱら猿渡の役目になるわけですが、まず冒険物語として楽しく、ホラー、ミステリ、幻想譚としても面白いと思います。現と幻が溶け合ってゆく後半の展開が特に素晴らしい。

 そして最終話、『猫ノ眼時計』。猿渡の若いころの話で、覗いた者は自分の余命を見ることになるという猫の眼をめぐる奇譚です。そんな迷信、と相手にしなかった猿渡ですが、ふとしたことからその眼を見てしまい・・・。短篇小説としての完成度が高く、また他のレギュラーキャラクターは一切登場しないので、独立した作品として文章の冴えを堪能できます。

 最後に「年表」が収録されており、シリーズに属する全作品の時系列順が明らかにされているのもポイント高し。

 というわけで、『11 eleven』や『バレエ・メカニック』のような極北的な幻想小説も凄いと思うのですが、こういうちょっと力を抜いたユーモラスな奇譚も好きです。シリーズ既刊、『蘆屋家の崩壊』と『ピカルディの薔薇』が文庫化されたので、本書と合わせてお読みください。

[収録作品]

『日高川』
『玉響』
『城と山羊』
『続・白と山羊』
『猫ノ眼時計』


タグ:津原泰水
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『もっかい!』(エミリー・グラヴェット:著、福本友美子:訳) [読書(小説・詩)]

 グリーンドラゴンの子どもに絵本を読み聞かせてあげる母ドラゴン。「おはなし、だいすき。もっかいよんで!」子どもに何度もせがまれるうちにだんだん眠くなってゆき・・・。

 ドラゴンの絵が愛らしい、素敵な絵本です。

 子どもが何度も繰り返す「よんで、よんで、もっかい、もっかい!」という果てしない要求に困る母親の姿がリアル。繰り返し読み聞かせているうち、だんだんストーリーをはしょってゆく。最後の方になると、「そろそろ ほんとに ねるじかん さあ ベッドに はいりましょう」という話に変わっていくのがユーモラスです。

 最後にびっくりするような仕掛けがあるのですが、これは帯にも明記されているし、おそらく手にとった瞬間に気付くでしょう。なに、これ、どういうこと?

 子どもに渡せば、好奇心でいっぱいになるはず。どんな子でも、読まずにはいられなくなる一冊です。


タグ:絵本
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『森の家』(千早茜) [読書(小説・詩)]

 「逃げても逃げても心に点ったものからは逃げられない」

 植物に覆われ周囲から隔絶された古い家に住む男、少年、女。他人との距離をとるのが苦手な三人は、互いの生活に干渉しないという暗黙のルールに従って「家族」のふりをして生きてきた。だが、男が失踪したとき、各人が決断を迫られることになる。果たして彼らは本当の家族になれるのか。連作短篇集『からまる』の発展形ともいえる長篇小説。単行本(講談社)出版は、2012年07月です。

 家族とは何なのか。それはあっさり切れてしまう脆いつながりなのか、それとも逃げても逃げきれない束縛なのか。どんなに他人の干渉を嫌っても互いにからまらずには生きていけない人間のさがを書いた連作短篇集『からまる』から一年、千早茜さんが今度は「家族の絆」を追求します。

 「たとえさみしいという想いを共有していたとしても人は結局独りで、同じ場所にはいない気がする。ばらばらだ。僕らは別々の暗闇の中にいる」(単行本p.126)

 「ねえ、忘れられない景色を共有していたら、それは家族だよ」(単行本p.149)

 「血が繋がっていようといまいと、人との関係を切ることなんて簡単なものだ。簡単ではないと人は思いたいから、そう言うだけだ」(単行本p.203)

 「三人の間の糸は家族の色をしているよ。同じ家に住んでいるからだろうね」(単行本p.205)

 死んだ女の幻影にとりつかれ心を見失った男、執着心に振り回され取り乱しがちな直情径行型の女、すべてを淡々と受け入れ誰にも心を開こうとしない生真面目な少年。何かが欠落しているような、対人関係に問題を抱えている三人が、それぞれ語り手をつとめる三つのパートから構成される長篇です。

 それぞれの登場人物は、最初はよく分からない不気味な人物として提示されるのですが、それぞれの視点から物語が語られるにつれて、読者も次第に彼らに共感を覚えるようになってゆきます。みんな孤独で、さびしく、苦しんでいて、でも他人に干渉されたくない、束縛されたくない。誰もが身に覚えのある葛藤に思わず引き込まれ、家族という思えばいかがわしい関係が彼らを救えるのか否か、という物語が切実なものとなってゆきます。

 ベタな家族ドラマみたいなストーリー展開なんですが、安っぽくならないのは、いかにもこの作者らしい「異界」や「魔」の存在感ゆえでしょう。超自然的な要素は含まれないのですが、第一部「水の音」に登場する森の家、第二部「パレード」のエレクトリカルパレード、そして第三部の青い湖、いずれも異界感たっぷり。あちらの気配が濃厚に漂っています。

 特に第三部は水面に女の顔が浮かぶという幻想シーンが繰り返され、それが男を次第に狂気に引きずり込んでゆくという怪談のような展開。水底から手招きするような魔の感触はいかにも生々しく、これがけっこう怖い。

 というわけで、『からまる』が好きな読者ならきっと気に入るであろう長篇。家族小説、恋愛小説としても面白いのですが、そこに幻想味や怪異の気配が漂っている風情が味わい深く、執着心のおそろしさ、どこか壊れている登場人物が不意に愛おしく感じられる瞬間など、『魚神』や『あやかし草子 みやこのおはなし』が好きな方も楽しめると思います。個人的に、お気に入りです。


タグ:千早茜
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『整形前夜』(穂村弘) [読書(随筆)]

 「全てが駄目。でも、そのせいで命を奪われるようなことは何ひとつない。この手応えのなさはなんだろう。燃えあがるような入道雲の下で、13歳の私はどろどろのトマトジュースを啜りながら、自分の目の前に続いている筈の厖大な時間を怖ろしく思った」

 思春期の思い出、社会生活に対する違和感、読書、言葉。歌人にして名エッセイストでもある穂村弘(愛称「ほむほむ」、ムーミン谷の住人かよって、けーっ)が、得意の自虐的ユーモアから言葉に対する繊細な感覚まで総動員した、バラエティ豊かなエッセイ集。単行本(講談社)出版は2009年04月、私が読んだ文庫版は2012年07月出版です。

 『世界中が夕焼け』の序文で歌人の山田航さんが「穂村弘が書いてきたエッセイはすべて、自らの短歌に対する膨大な註釈である」と断言していますが、それを裏付けるかのように、本書に収録されたエッセイの多くが、最後を短歌で締めくくっています。それまでの文章はすべて最後の一行、その短歌を味わってもらうための解説だったというわけですね。

 ですから、著者にとって短歌がどのような成分から構成されているのか、極めて散文的に理解することが出来ます。

 こじらせた思春期の残滓、社会とか世間とか普通とされていることへのどうしようもない違和感、女性に対する憧れと畏怖、そして言葉(の組み合わせ)から生まれる「驚異」への尽きることなき好奇心、読んできた書物の数々。そういった成分を適度に配合して、ほむほむと出来上がるのが短歌である、たぶんそういうことなんじゃないでしょうか。

 といっても、もちろん堅苦しい本ではありません。

 本棚に詰まった黒糖ロールパンの袋から感じられる「「今」をきっちり生きることができないために、そこから先の未来が次々に腐ってゆく」感覚。素敵なおじさまを目指してオシャレなミストサウナに入り、もうもうたる湯気の中でつい腕組みして「赤影参上!」と激しく叫んでしまうほむほむ。

 つるつるすべすべでいい匂いの相手を抱くわけだから男にとってセックスは「得」だけど、逆にごつごつざらざらしたものに抱かれる女は「損」じゃないの、と女性に尋ねたところ「それがいいのよ。ああ、私って女だ、って実感できるから」とあっさり云われて「ちょっとびびる」ほむほむ。

 自意識過剰に苦しんだ挙げ句、ぼーっとしたキャラを演じることで交友関係をしのいでいた若い頃、不意に「もしかして、わざとやってる?」と云われ、あまりの絶体絶命に恥ずかしさを突き抜けて恐怖を感じ鳥肌が立った思い出。

 何もかもがダサくて駄目でイケてなくて「ふーん」で済まされてしまう自分の前にある手応えのない厖大な時間に圧倒され途方に暮れた中学生の夏の日。

 5000円で買ったばかりの本がすぐ隣の店で1000円で売っているのを見つけて動揺し、思わず手が延びそうになる。というのも、今は4000円損した気分だが、これを買えば二冊で6000円、一冊当たり3000円になって「傷が浅くなる」。

 本の世界に無心に没頭した若い頃。古本屋で「異次元のおかず」を探す今。日々を「生き延びる」ために必要な言葉と、驚異を孕む「生きる」ための言葉。西荻窪の両端に広がる巨大な滝壺。

 ときどきショートショートなのか詩なのか判然としない作品が混ざっているのがまた素敵で、個人的には『アロマテラピー』がお気に入り。アロマ?、テラピー?、とかそーゆーもの?、に対する漠然とした不安感。
「君のせいだよ。どうする気? おばあさんだよ。怪力なんだよ。脚はやいんだよ。顔中に熱い血を浴びるのが大好きなんだよ。研ぎたてのぴかぴかだよ。ハサミ。」

 というわけで、女性読者をして「ほむほむって、可愛いっ」、男性読者をして「ほむほむって、いい奴だなあ」、うかうかとそう思わせてしまう魅力に満ちた一冊です。短歌を解説した『世界中が夕焼け  穂村弘の短歌の秘密』と合わせてどうぞ。


タグ:穂村弘
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