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『NOVA7  書き下ろし日本SFコレクション』(大森望 責任編集、宮内悠介) [読書(SF)]

 全篇書き下ろし新作の日本SFアンソロジー『NOVA』。仮想空間にまで債権取り立てにゆく宮内悠介、宇宙人と第H種接近遭遇する小川一水と増田俊也、植物奇譚の藤田雅矢、冴えた幻想小説の西崎憲、ぼろ泣き必至ロボットSFの片瀬二郎、そしてむろん作風を変えない谷甲州と北野勇作など、全10篇を収録した第7巻。文庫版(河出書房新社)出版は2012年03月です。

 季刊『NOVA』の第7弾です。今回もハードSFからドタバタコメディ、ホラー、学園ものまで、色々と揃っています。

 『スペース地獄篇』(宮内悠介)は、NOVA5に掲載された『スペース金融道』の姉妹篇。取り立てのためなら宇宙のどこにでもゆくコンビが今回挑むのは、仮想空間。そこで進化しつつあるAL(人工生命)からの借金取り立ては成功するか。

 イーガンやテッド・チャンの短篇においては、結局ALの育成者は損するばかりでしたが、本作は違いますよ。前作と比べるとコメディ要素は控え目ながら、目まぐるしい展開は読みごたえたっぷり。

 『コズミックロマンスカルテット with E』(小川一水)は、宇宙船の中に侵入してきたエイリアンが美少女形態に擬態して結婚を迫ってくるというバカ話。漫画では定番ともいえる設定ですが、その後の展開は読者の意表を突きます。意表を突きゃいいってもんじゃなかろう、という気もしますが。

 『灼熱のヴィーナス』(谷甲州)は、宇宙土木シリーズ最新作。金星の地表で重機を扱っていた語り手は、緊急退避指示を受ける。上空施設で大事故が発生したというのだ。金星の濃密な大気の中をゆっくりと落下しつつある巨大構造体。破局を防ぐ策はあるのか。タイムリミットは刻一刻と迫っているのに、上層部は責任回避に汲々とするばかりだった・・・。

 金星を舞台としたハードSFですが、土木建築における現場と経営陣の対立がテーマとなっており、いかにも無骨で生々しい印象はさすが。どうしても原発事故のあれこれを思い出してしまいます。

 『土星人襲来』(増田俊也)は、風俗店でバイトしている女子大生のところに土星人(自称)がやってくるというバカ話。とんちんかんで堂々巡りの二人の会話が延々と続くのがミソで、思わず笑ってしまいます。オチの想像を超えるくだらなさはインパクト大で、何にせよ印象に残る作品です。個人的には好き。

 『社内肝試し大会に関するメモ』(北野勇作)は、「会社でおかしなことが起きている」というメモを拾った会社員の話。というかこの作者がNOVAに書いている話はいつも会社でおかしなことが起きている話なんですが。

 不条理なブラックユーモアを楽しんでいるうちに、いつの間にかおかしなことになっていって、ちょっと不安になるという、けっこう心理的に怖い作品。会社生活感がリアルに表現されていると思う読者もいるでしょう。会社員と生まれた者なら。

 『植物標本集』(藤田雅矢)は、奇妙奇天烈な新種植物ばかり立て続けに発表するため、捏造と判断され、学界から追放された異端の植物学者をめぐる奇譚。根を動かして移動するヤマワタリ、花弁が満月のように明るく輝くゲッコウカズラ、さえずり音を発するサエズリソウ、葉が羽ばたいて飛行するトビスミレなど、次から次へと登場する架空植物の変な存在感に驚かされます。

 『開閉式』(西崎憲)は、他人の身体に小さな「扉」が見えるという女性が語る幻想譚。その不思議な感覚に酔いながら読み進め、どんな話に展開するのかと思いきや、いきなりのラスト一行で断ち切られるような衝撃。恐ろしく切れ味鋭いショートショートです。タイトルは『ねじ式』(つげ義春)のもじりなんでしょうか。

 『ヒツギとイオリ』(壁井ユカコ)は、痛覚のない少年と、自分の皮膚感覚を周囲にいる他人にエンパシー的に「放送」してしまう少年、二人の確執と友情をえがく話。『リンナチューン』(扇智史)は、AR(拡張現実)技術により、事故で死んだ恋人の記録動画を現実の光景にスーパーインポーズし続けることで、死者との生活に耽溺する話。まあ「嫌なサトラレ」と「嫌なラブプラス」ですね。

 どちらも心理的な圧迫感で読ませますが、個人的にはさほど感心しませんでした。

 最後の『サムライ・ポテト』(片瀬二郎)は、ハンバーガーやドーナツのチェーン店で働いている接客用コンパニオン・ロボットが自我に目覚める話。「ここにいるのは自分だ」という認識を、戸惑い困惑しながらも受け入れてゆくロボット。だが、人間に知られれば危険なバグとして消去(工場出荷時の状態に戻す)されてしまうだろう。そのため自意識の存在を隠して仕事を続けるのだが、ある事件の真犯人に気づいてしまったことから彼は葛藤に苦しむことに・・・。

 ロボットSFとしては定番的な物語で、まあディテールがよく書けてるよなあ、などと余裕かましながら読み進めるうちに、ずるずると引き込まれ、最後はぼろぼろに泣かされるはめに。まったく、舌打ちしたくなるほど巧い。てっきりベテラン作家だろうと思ったのですが、作家としてのキャリアはさほどでもないようで、これから何を書いてくれるのか要注目です。

 というわけで、いつも通りバラエティに富んだアンソロジーですが、SFに特にこだわりはなく、とにかく面白い小説が読みたいという方には感動的ロボットSF『サムライ・ポテト』(片瀬二郎)、幻想小説が好きな方には『開閉式』(西崎憲)と『植物標本集』(藤田雅矢)、やっぱりバカSFだよねという方には『スペース地獄篇』(宮内悠介)と『社内肝試し大会に関するメモ』(北野勇作)が個人的なお勧めです。

[掲載作]

『スペース地獄篇』(宮内悠介)
『コズミックロマンスカルテット with E』(小川一水)
『灼熱のヴィーナス』(谷甲州)
『土星人襲来』(増田俊也)
『社内肝試し大会に関するメモ』(北野勇作)
『植物標本集』(藤田雅矢)
『開閉式』(西崎憲)
『ヒツギとイオリ』(壁井ユカコ)
『リンナチューン』(扇智史)
『サムライ・ポテト』(片瀬二郎)


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