SSブログ

『ぶたぶた』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、心は普通の中年男。山崎ぶたぶた氏に出会った人々には、ほんの少し幸福が訪れる。人気シリーズの原点、通称「無印ぶたぶた」が再刊されました。ショートショートとして発表された第一話『初恋』を含む全九篇収録。文庫版(徳間書店)出版は2012年03月です。

 シリーズをご存じない方にも、ぜひ読んで頂きたい一冊です。ピンク色のぶたのぬいぐるみが出てくる話ときいて「子供向けの童話かメルヘンでしょ」と思った方、そうではありません。しみじみ感動できる話あり、大笑いのコメディあり、けっこうぞっとくるサスペンスやホラーもあります。

 そもそも、山崎ぶたぶた(というのがぬいぐるみの本名)は、童話や児童書に出てくる妖精ではありません。知らない方に紹介するためのイメージとしては、携帯電話のコマーシャルに出てくる犬のおとうさん、彼でしょうか。

 見た目は可愛い白犬なのに人語をしゃべり、心はありきたりな中年のおっさん、美人の奥さんをはじめとする家族がいて、普通に社会生活を送っているらしい。見た目とのギャップが何とも可笑しい、というので大人気になりました。個人的に「あの設定は、山崎ぶたぶた氏にインスパイアされたものではないか」と、私かなり真面目にそう思っています。

 あの犬のおとうさんが様々な職業に就いて働いており、出会った他人が驚いたりあたふた焦ったり、ときどき事件に巻き込まれたり、困った人の相談に乗ったり、そういうシリーズがあったら面白そうだと思いませんか。「ぶたぶた」シリーズはそんな話です。小説ですが、一部コミック化もされています。そろそろTVドラマ化の企画が出てもいい頃ではないでしょうか。人気シリーズなので。

 というわけで、その人気シリーズ「ぶたぶた」の第一単行本です。何しろ廣済堂出版から出されたのが1998年9月ですから、もう14年も前のこと。というわけで、少しばかり、ぶたぶた史を振り返ってみましょう。

 最初の単行本には、街のあちらこちらにぽつねんと佇んでいる山崎ぶたぶた氏の写真(著者撮影、モデルはぬいぐるみ“ショコラ”)が、カバーをはじめとして、多数掲載されているのが印象的でした。

 単行本に掲載されているプロフィールによると、山崎ぶたぶた氏の誕生日は6月19日、生まれは恵比寿、性別は男性、身長10.5インチ(約27cm)、体重7.5オンス(約213g)、毛色はピンク、目は黒、となっています。今でもこれが公式設定なのかしら。

 帯で新井素子さんが「私は、ずっと、こんなお話が読みたかったのだー。」と叫び、あとがきで著者が「最初にこのぶたぶたの小説を書いた時なんて、書けなくて書けなくてどうしようもなくて、たまたまそばに置いてあったぬいぐるみをいいやこれ出しちゃえ、と使っただけ」(単行本p.316)と、これが誕生秘話というやつです。

 その後、『刑事ぶたぶた』が出版されたものの、そこで廣済堂出版とはお別れ。次に世間に現れたのは、徳間ジュアル文庫から再刊された本書『ぶたぶた』。2001年4月のことでした。

 この徳間デュアル文庫版には単行本とは別の写真が多数掲載されており、そのサービスぶりに驚かされるとともに、もちろん「だから単行本持っている読者も改めて買って下さい」という徳間書店からの熱いメッセージはきちんと伝わりました。それにつけても、今回の再刊にあたって写真がなくなってしまったのは残念です。

 徳間デュアル文庫版のあとがきでは、著者が「この本を読んで面白いと思った方--特にぶたぶたが欲しいと思った方は、周りに一人でも自分と同じ人を増やしてください。たくさんの人の心からの祈りは、いつか必ずぶたぶたを連れてきてくれます」(デュアル文庫版p.316)と語っています。

 ファンは増え続け、数年のブランクの後に今度は光文社文庫に移ってから(放浪癖がついてます)は、毎年新作が発表されるという嬉しい状態に。結局、現在までに14冊の小説と、7冊のコミックが出ています。読者の「心からの祈り」が通じたのです。この勢いで、ぬいぐるみショコラも復活しないものかな。

 以上、シリーズ全リストが今回の徳間文庫版『ぶたぶた』の最後にまとめられていますので、愛読者の方は未読がないかいま一度ご確認ください。

 さて、そういうわけで無印『ぶたぶた』、内容について詳しい紹介は避けますが、要するに「原点」です。その後の作品にも使われる様々な設定や展開が色々と試されています。基本的なパターンは本書で既に出揃っているような気も。

 なかには、最後まで「山崎ぶたぶた」の名前が登場しない話、名前どころか本人もほとんど登場しない作品、語り手が最後まで「彼がぬいぐるみに見えるのは自分だけ」と思い込んでいる話、記憶喪失になって「僕はどうしてぬいぐるみなんでしょう」とつぶやく話、やさぐれホームレスになっている話、お仕事として虐待される話、など最近の作品に比べると異色というべき作品も多く、原石の魅力満載です。

 はじめの方も、最近読み始めた方も、光文社文庫版なら全部読んでいる方も、そして無印はコミックいれて四冊目という方も、やっぱり新鮮な気持ちで楽しめますので、ぜひ読み下さい。

[収録作]

『初恋』
『最高の贈りもの』
『しらふの客』
『ストレンジガーデン』
『銀色のプール』
『追う者、追われるもの』
『殺られ屋』
『ただいま』
『桜色を探しに』


タグ:矢崎存美
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: