SSブログ

『猫キャンパス荒神(後篇)(「すばる」2012年4月号掲載)』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

 シリーズ“笙野頼子を読む!”第60回。

 笙野頼子さんの一年ぶりの新作、その後篇です。正式タイトルは、『神変理層夢経3 猫文学機械品 猫キャンパス荒神(後篇)』。これは序章含め全六部を予定している大作『神変理層夢経』という小説の第三部にあたります。

 詳しくは、2012年02月07日の日記を参照して下さい。

 「地神やらなにやらに細胞全部乗っ取られているわけだから、自分の身に起こった事もひとの声で聞くしかない状態になっているんだよ」
(「すばる」2012年4月号p.49)

 伴侶猫ドラの喪失により心の動きが停止し「機械」として書いている隙に、神々を含む様々な「声」が降ってきます、割り込んできます。いきなり身体の元の所有者たる童女の「あたし」が再臨して狂騒的に罵倒しまくり、最後は荒神様が自らの誕生について語る。

 そこに沢野千本の声が挟まれ、自宅で被災したときのこと、ドラ亡き後の生活、家族との確執、大学での講義、そして「この時代」などが、さし込むような悲しみ、静かな怒りとともに語られるのです。

 琵琶法師よろしく鳴り物まで入った多声の語り、託宣の効果は絶大で、複数の視点から書かれる様々な事柄が立体的な厚みをもって立ち上がり、こちらに向かってきます。踏ん張らないと、文章の圧力に押し流されてしまう。

 「小生意気に後ろ足を組んだり、前足の肉球を全開にして寝そべったり、ただひたすらのうのうと長い胴をふくよかに伸ばすだけ伸ばしていたり、そうして世界のぐるりを押さえ取り囲み、世界を温めていた私の地熱よ、私の猫よ。たった一匹で八億八千万の世界の重しであった私の「妻」がいない」
(「すばる」2012年4月号p.90)

 感傷はぎりぎりまで抑えられていますが、ときにそれがほとばしる瞬間があり、気合を入れてないと先が読めなくなるので危ない。

 そして前篇では『S倉迷妄通信』以降の作品、主に金毘羅シリーズが次々と習合していったわけですが、そのとき言及されなかった『水晶内制度』と『だいにっほん三部作』がついにやってきます。

 原発利権、権力の本質、無責任構造、リセット、徴税、劣化言説、おんたこ。これぞまさしく今の日本。というかずっと前からそうだった。それはちゃんと『水晶内制度』と『だいにっほん三部作』に書かれていたのです。

 「きつい皮肉も警告も、現在の事実になっている。腹が立つよりも心が強張ってしまう。そもそも、私などに書けるものなのだ。つまりは商店街や携帯電話のように、それは、そこら中にあるという事だ。ただ単に、それが日常だったという事なのである」(「すばる」2012年4月号p.81)

 もう少女アイドルグループを見ても「火星人少女遊廓」としか思えなくなってしまいました私。

 「回避出来る汚染を回避させず、人を汚染するもの、それが権力だ、その汚染をつかってまた大金を儲ける事と汚す事の両方が権力の目的だ。そう言うと性の話みたいだが、これが「核」ではないのか。そこでポルノは実は、多く、アレを内蔵しているかもしれないとつい思った。ならばもしポルノで反権力をやろうとするならば、リセットと汚れに無知なものは必ず失敗し、弱者を踏みにじるのではないだろうかとも」(「すばる」2012年4月号p.86)

 伴侶を亡くし、ネットストーカーに中傷され、家族とのつながりを失い、「大きいうすら馬鹿な糞権力の下、最低の世界を人は生きている」(「すばる」2012年4月号p.101)という状況で、金毘羅(おそらく)は叫ぶ。

 「幸福になる事は復讐である、怒りを忘れぬことは未来への道である、こっのやろう死ね死ね死ね悪税製造機ども」
(「すばる」2012年4月号p.101)

 思わず失笑してしまいますが、その直後、ラスト数行の祈りの言葉に打ちのめされるのです。


タグ:笙野頼子
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: