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『南極点のピアピア動画』(野尻抱介) [読書(SF)]

 ニコニコ動画に集うギークな連中が、ノリとウケ狙いで人類の未来を切り拓く。有人宇宙飛行、軌道エレベータ建造、異星文明とのファーストコンタクト、ついにはコンビニで初音ミクを配っていたのでニコ動を星間文明へうpしてみた。尻P渾身の願望充足型ハードSF連作短篇集。解説はドワンゴ代表取締役会長の川上量生氏。文庫版(早川書房)出版は2012年2月です。

 ニコニコ動画(作中では「ピアピア動画」)のコミュニティに集まっているギーク達が、イベントというかネットの「祭り」のノリで人類の未来を切り拓いてしまうという願望充足ばりばりの連作短編集。SFマガジンに掲載された三篇に、書き下ろし一篇を加えて、全体をオムニバス長編として再構成してあります。

 前半は、ネットワークの力を使うことで、手軽な個人ベースの宇宙開発プロジェクトを実現する、というのがテーマとなります。

 『南極点のピアピア動画』では、南極上空に形成された降着円盤が作り出すガスや微粒子の上昇ジェットを利用してパラシュートによる宇宙飛行を達成、『コンビニエンスなピアピア動画』では蜘蛛の糸を使った自己組織化タイプの軌道エレベータが“想定外”に出来上がる。いずれも宇宙を目指す情熱に支えられてというより、ギーク連中が文化祭的な軽いノリでやってしまうのが楽しい。

 もちろんハードSFなので(たぶん)、それなりにきちんとした科学的なアイデアが惜しげもなく投入されているのはさすが。月と彗星の衝突により地球に生じた降着円盤、自律分散型自動工場群、カーボンナノチューブ繊維の糸を吐く新種の蜘蛛など魅力的なネタを用意し、自己組織化、ブートストラップ、自律ネットワーク、といった概念を駆使して、夢物語にハードSF的な意味でのリアリティを与えることに成功しています。

 後半になると、初音ミク(作中では「小隅レイ」)の力による異星文明とのファーストコンタクト、というのがテーマとなります。

 『歌う潜水艦とピアピア動画』は、自衛隊の潜水艦にボーカロイドを乗せてクジラさんとお話しさせようプロジェクトがニコニコ動画を推進力としてとんとん拍子に実現。そんな馬鹿なとお思いでしょうが、今や、海洋研究開発機構でも、海上自衛隊でも、経産省でも、わが国の組織のキーポジションには既にあれあれな世代が就いているもので。

 クジラとの音声コミュニケーション実験に成功し、そのまま群れに導かれて海洋を進むうち、潜水艦は謎の音声信号によるコンタクトを受ける。その発信源は、その正体は、そしてその意図は何か。

 SFマガジン掲載時にあった導入部がばっさり削られて、その内容が書き下ろし最終話『星間文明とピアピア動画』に移されています。星間文明が送り込んできたコンタクト用インタフェースである初音ミク(自律可動立体型)が大増殖して世界中に広まり、一人一体、マンツーマンで第三種接近遭遇。人類をみっくみくにしてしまう。

 想像するとかなり気持ち悪いのですが、何しろ登場する人物はみんな「要するに長門有希」という説明で納得してしまう、という不思議な世界観で書かれているので問題ありません。ハードSFから離れてゆくような気もしますが。

 というわけで、基本的にはハードSFのアイデアやガジェットを駆使した馬鹿話なんですが、そこから感じられるハッカー精神や技術オプティミズムは魅力的。個人的には共感しかねるものもあるのですが、まあ私はもう年寄りだから仕方ない。

 若いSFファンは、本書から「みんなの知恵を集めて自由にハックすれば、ぼくらは世界を変えることだって出来るんだ。しかも、安く、早く、簡単に、コンビニエンスに」というメッセージを受け取ってほしい。そして何か面白いこと、世界を良い方向に変えちゃうようなことに挑戦してほしい。あと年金はちゃんと払ってほしい。

[収録作]

『南極点のピアピア動画』
『コンビニエンスなピアピア動画』
『歌う潜水艦とピアピア動画』
『星間文明とピアピア動画』


タグ:野尻抱介
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