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『第六ポンプ』(パオロ・バチガルピ) [読書(SF)]

 ベストSF2011海外篇第二位に選ばれた長編『ねじまき少女』の著者による短編集。環境汚染による知能劣化が進む悪夢の近未来を舞台とした表題作、「ねじまき世界」に属する短編二篇など、全十篇を収録。単行本(早川書房)出版は2012年2月です。

 環境破壊により滅びつつある世界、そして失われゆく人間性。収録された作品は暗い話ばかりですが、どれも重く心に響く傑作ぞろい。驚嘆すべき短篇集です。

 設定やアイデアはさほど目新しくない、というか凡庸といってもよいくらいありふれたものですが、それが「このまま環境破壊を続けるとこんなことに」という警告のために作られた薄っぺらい風刺的設定とは到底思えず、まるでその世界の空気を呼吸し、匂いを嗅いでいるような、そんな生々しい感触に驚かされます。

 善人でも悪人でもなく、ただ生き延びるために必死になっている登場人物たち。彼らから伝わってくるリアルな生活感もまた素晴らしいものがあります。SFとしてどうのこうのいう前に、まず小説としての出来ばえに唸らされます。

 『ポケットのなかの法』は、生物工学により「育成」されつつある近未来の有機的都市を舞台に、ブレードランナー風の物語が展開します。少年が手にいれたチップに入っていた禁断のデータ、その正体は何か。デビュー作だけあって、まだまだ不器用な印象を受けますが、展開はいかにもバチガルピ。

 『フルーテッド・ガールズ』の「フルーテッド」というのは、「フルート化された」という意味で、本作はバイオテクノロジーによって身体を文字通り「楽器」に改造された姉妹をめぐる官能的な物語。その扱われ方は、「ねじまき少女」エミコの原型にも思えます。作中、姉妹が全裸で絡み合い、互いの身体を「演奏」するシーンが強烈で、ちょっと忘れられない。

 『砂と灰の人々』は、傑作揃いの収録作中でも、一二を争う出来ばえ。自然環境が徹底的に破壊されつくした未来が舞台。人々は「ゾウムシ技術」と呼ばれる魔法のようなバイオテクノロジーの力で、ほとんど不死身の身体を手に入れ、砂を食べるだけで生きてゆけるように改造されています。

 そんな世界でかろうじて生き延びていた一匹の野良犬。その運命に重ね合わせるようにして、自然環境から乖離してしまった人類が「人間性」を喪失してゆく様が描かれます。気が滅入る話ですが、これ、もしかしたら『ねじまき少女』のラストの、その先にある未来かも知れません。

 『パショ』は、商業都市で学問を学び、故郷に戻ってきた若者の物語。知識と技術によって生活水準を上げようとする若者と、伝統文化と民族性を守るため聖戦を企む祖父の対立が描かれます。静かな緊迫感と、ラストの劇的かつ皮肉な展開が印象に残ります。

 『カロリーマン』と『イエローカードマン』は、長編『ねじまき少女』と同じ「ねじまき世界」を舞台とする先行作品。特に『イエローカードマン』は長編における主要登場人物の一人の過去を扱っており、アンダースンやエミコもちらりと登場します。『ねじまき少女』を気に入った方は、こちらも必読。

 『タマリスク・ハンター』は、水資源が枯渇しつつある近未来の米国が舞台。渇水により都市が次々と滅びゆくなか、必死で生き延びようとあがく人々の姿を描きます。いかにもバチガルピ風の作品。

 『ポップ隊』は、不老不死を実現する技術が普及したため、子供を産むことが厳禁されている未来社会が舞台。違法な子供や赤ん坊を見つけては撃ち殺すという仕事に就いている主人公の悩みと葛藤を描きます。他の作品に比べてはるかにマシな背景世界、ほとんどユートピアにも思える世界を舞台にしながら、やっぱり陰鬱なバチガルピ作品。

 『やわらかく』は、衝動的に妻を殺してしまった男が主人公。警察に自首すべきか、それとも逃げようか。迷いながら彼はとりあえず妻の遺体を風呂につけて「やわらかく」するのだった・・・。特にSF的な設定はなく、一般小説といってよい作品。正直、らしくない作品に思えました。

 『第六ポンプ』は、環境汚染による少子化と知能劣化が深刻になっている近未来のニューヨークを舞台に、下水処理場で働く主人公がトラブルに遭遇する話。汚染浄化システムの第六ポンプに異常が生じていることに気づいた主人公は、その修理方法を調べてゆくうちに、社会全体がいつしか絶望的な状況に置かれていることに気づきます。

 汚染物質のせいでなかなか子供が生まれず、しかも生まれてくる子供のうちかなりの割合が動物レベルにまで知能が劣化している。問題の解決を先送りしたまま数世代を経た今では、もはや誰も解決どころか、そもそも問題を認識するだけの知能がある人がほとんどいないという惨状に。

 かなり無茶な設定であるにも関わらず、その悪夢のような社会状況はぞっとするほどリアルで生々しく感じられます。環境問題に対する私たちの先送り意識が取り返しのつかない事態を招いてしまうということを、心の底で薄々感じているせいでしょう。

 破滅SFやポスト・ホロコーストSFなど「大災厄(核戦争や疫病など)による大量死を経て滅びゆく人類」を描いた作品と比べると、少しずつ着実に脳に汚染毒が回って世代を経るごとに劣化してゆく人類という、本作の設定にはかなり嫌なインパクトがあります。

 というわけで、何をどう書いてもバチガルピ風としかいいようのない独特の感触になってしまう強烈な個性と存在感には感心させられます。『ねじまき少女』を気に入った方は、ぜひこちらもお読みください。

[収録作]

『ポケットのなかの法』
『フルーテッド・ガールズ』
『砂と灰の人々』
『パショ』
『カロリーマン』
『タマリスク・ハンター』
『ポップ隊』
『イエローカードマン』
『やわらかく』
『第六ポンプ』


タグ:バチガルピ
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