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『捏造される歴史』(ロナルド・H・フリッツェ) [読書(オカルト)]

 アトランティス大陸、マウンド・ビルダー、異端の天地創造説、衝突する宇宙、デニケン仮説、『黒いアテナ』論争。世にはびこる代表的な疑似歴史(偽史)の提唱者はどのような人物で、その怪しい説はなぜ普及したのか、そしてどんな問題を引き起こしたのか。歴史学者が詳細に調べ上げた偽史の歴史。単行本(原書房)出版は2012年2月です。

 歴史学者、考古学者が明確に否定しているにも関わらず、大衆文化にしっかりと根を下ろし、容易に消え去ろうとしない様々な異端の歴史説。歴史学者である著者は、そのような疑似歴史(偽史)のうち代表的なものを取り上げて、その歴史を明らかにしてゆきます。

 疑似歴史の批判が主眼ではなく、疑似歴史が提唱されてから世間に広まるまでの経緯、いわば「偽史史」ともいうべき歴史を、さすが本職の歴史学者、微に入り細を穿つように詳しく調べ上げてゆきます。圧巻。

 全体は六つの章に分かれています。

 最初の「第一章 アトランティス 疑似歴史の母」では、アトランティス大陸をはじめとする「幻の古代大陸」がテーマ。おそらく最古の疑似歴史である「アトランティス大陸」、その実在説をめぐる数百年に渡る論争を概観します。

 真剣な学術論争から異端説へ、そしてオカルトから大衆文化へと変わってゆくアトランティス実在説の歴史を詳しく知ることが出来ます。ブラヴァツキー夫人が創設した神智学や、シュタイナーの人智学、アカシックレコードなど、もっぱらオカルトの文脈で語られることが多い話題も、歴史として丁寧に解説してくれるのが嬉しい。

 「第二章 「新大陸」は誰のものか? 古代アメリカ大陸の発見と定住にまつわる疑似歴史」では、コロンブス以前に新大陸を発見し定住した民族、あるいはネイティブ・アメリカンの起源、といった話題を扱います。

 それこそアトランティスの生き残りから、ユダヤの失われた10部族、古代中国人、古代エジプト人、古代フェニキア人といった具合に、地球上のあらゆる民族がこぞって新大陸に移住したと唱えられていることが分かります。

 また、「新大陸はもともと白人(マウンド・ビルダー)が住んでいた。それを奪ったのが今のネイティブ・アメリカンなのだから、白人が取り返したのは正義」といったように、人種差別をはじめとする様々な忌まわしいイデオロギーの正当化に疑似歴史が使われてきたことがよく分かります。

 この問題は、続く「第三章 天地創造説のなかの人種差別と疑似歴史I マッドピープル、悪魔の子、クリスチャン・アイデンティティー」および「第四章 天地創造説のなかの人種差別と疑似歴史II マッド・サイエンティスト、ホワイト・デビル、ネーション・オブ・イスラム」でさらに先鋭化した形で示されることになります。

 この二つの章は、それぞれ黒人排斥カルトと白人排斥カルトが唱える異端の「天地創造説」を取り上げています。云うまでもなく、両者は極めて似通っています。つまり自分が属する人種は神によって創られ、他の民族はそれが堕落したか、悪魔によって創られたものであり、そして自分たちを滅ぼすべく虎視眈々と邪悪な陰謀を進めている、というものです。

 出来れば関わり合いになりたくない話題ですが、そうもいってられなくなるのは、例えば黒人カルト教団「ネーション・オブ・イスラム」が、その教義に大衆文化、特にSFを取り込んでいること、そしてその神話に「日本人」も取り込まれていることです。

 「日本人はネーション・オブ・イスラムの味方であり、力を合わせて邪悪な白人と闘うはずであった。(中略)アフリカン・アメリカンの社会の片隅にうごめくいくつもの集団は、実際に日本人を崇拝したのである」(単行本p.254)

 狂信的カルト教団が「近いうちに日本から“巨大な円盤”が飛び立ち、白人を皆殺しにしてくれる」と信じて祈っている、というのです。ううむ。ときどき「日本人は世界中から尊敬されている」と言い張る方がいらっしゃいますが、こういうことなんでしょうか。

 「第五章 疑似歴史家の共謀 プソイドヒストリア・エピデミカ」では、もう少し「明るい」話題になります。

 すなわちヴェリコフスキーの『衝突する宇宙』、チャールズ・ハプグッドのポールシフト説、氷河期文明説、そして「ピリ・レイスの地図」、エーリッヒ・フォン・デニケンとゼカリア・シッチンによる太古宇宙人飛来説、グラハム・ハンコック『神々の指紋』というように、疑似歴史家たちが互いの説を無節操に取り込んで妄想を膨らませてゆく過程を、例によって歴史として詳述します。

 最後の「第六章 『黒いアテナ』論争 歴史はフィクションなのか」では、古代ギリシア文明はエジプト文明、フェニキア文明に由来する、という、それだけを見れば歴史学の専門的な話題に過ぎない説が、いかにして社会現象となったかを扱います。

 西欧文明の出発点とも見なされている古代ギリシア文明が、実はアフリカ起源であった、いわば黒人の文明こそが西欧の母、という説は、先鋭的アフリカ中心主義と結託することで、いかなる批判や反論に対しても「批判者は黒人を貶めたいという動機で難癖をつけているのだ」と反撃するようになり、ついには一般読者が「歴史学者なんて人種差別主義者の集団」、「歴史に“真実”などない」といったポストモダン的たわごとに拍手喝采を送るという事態に。

 それまでの章では比較的冷静だった著者も、歴史学者をコケにされては黙っていられないらしく、この話題については筆に熱がこもってしまうのが妙に微笑ましい。

 というわけで、オカルト本でも疑似科学批判本でも割とあっさり流されがちな「疑似歴史そのものの歴史=偽史史」を、本職の歴史学者が詳しく丹念に調べた本として、そういう話題に興味がある方に強くお勧めします。


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