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『リリエンタールの末裔』(上田早夕里) [読書(SF)]

 『華竜の宮』で第32回日本SF大賞を受賞した著者による待望のSF短篇集です。空、海、脳、そして時間に挑む短篇四篇を収録。文庫版(早川書房)出版は2011年11月です。

 人間性というものを腑分けしてゆくような尖ったバイオ・医療SFから、スケールの大きな冒険SFまで、SFジャンルだけをとってもその幅広い作風で読者を圧倒し魅了してやまない上田早夕里さん、待望のSF短篇集。以前の短篇集はホラー風味が強かったので、いわば純粋SF作品集としては本書が初めて、ということになるのではないでしょうか。

 冒頭をかざる表題作は、『華竜の宮』と同じ背景世界を舞台とした短篇です。

 山中の寒村に生まれた主人公は、幼いころから大空に憧れ、いつか自由に空を飛ぶという夢を実現するために、海辺の都市に出て働き始める。厳しい労働、そして根強い差別。しかし少年は決して夢を捨てなかった・・・。

 思わずたじろぐほどストレートな作品です。大空への憧れ、社会との軋轢、それを乗り越えようとする意志。SFの原点ともいうべき風景を力強く描き出します。新型グライダーで大空を舞うシーンには大興奮。

 次は、意識と現実認識の問題を扱った医療SF『マグネフィオ』。

 事故による脳障害で意思疎通が不可能になった患者とコミュニケーションをとるために開発されたテクノロジーと、その先にある脳神経系の拡張をテーマとした作品です。他者に対する愛とは何か、主観と切り離された客観的現実とは何か。脳構成に手を入れる技術が生み出す問いかけが、私たちの世界観を揺さぶります。

 そして、海洋SFと医療SFを融合させた『ナイト・ブルーの記録』。

 海洋無人探査機に遠隔神経接続して操縦するオペレータが主人公。探査機のセンサを通じた海中探査を続けるうちに、次第に脳の構造が変化し、彼は仮想的な「海棲人」になってゆく。陸に住む人間には経験することも理解することも出来ない感覚と体験の世界に踏み込んだ彼を待っていたものは・・・。

 この作者のSF作品を読むと、「人間は、その構成要素をどこまではぎ取っても、あるいは置換しても、なお人間でいられるのだろうか。その本質はどこにあるのだろうか。そもそもあるのだろうか」という思考実験を繰り返しているような印象を受けます。まさに現代SFど真ん中にいる作家ではないでしょうか。

 巻末に置かれているのは、本書のための書き下ろし中篇『幻のクロノメーター』。個人的には、この作品が最も気に入りました。

 実在した18世紀の伝説的な時計職人、ジョン・ハリソンを主人公とした作品です。長期航海に耐えて精度を保つクロノメーターを創り出そうとする超人的ともいえる彼の努力、そして社会との軋轢を、ハリソン家で働いていた一人の若い娘が語るという形式で書かれています。しかし、一世紀前の出来事を活き活きと語る彼女は、なぜ今も若い娘のままなのでしょうか。

 SF的な仕掛けはありますが、基本的には工学の天才による前人未到の挑戦、そして社会との闘いを、実話ベースに描いた感動作です。ハッカー気質、ギークな性根を持った読者であれば、時計というものの不思議さに魅せられてゆく少女に否応なく感情移入。そして、伝記小説のように重厚な物語が、最後の最後にSFの領域へと軽やかに飛翔してゆく様には、大いなる感動を禁じ得ません。

 というわけで、空(宇宙)、人間性、時間、それらの限界に挑み、それを踏み越えたところにひらけるビジョンを描くという、SFの醍醐味を味わうことが出来る短篇集。著者はSFジャンルの枠内にとどまる作家ではありませんが、これからもSFを書き続けてくれることを期待したいと思います。

[収録作]

『リリエンタールの末裔』
『マグネフィオ』
『ナイト・ブルーの記録』
『幻のクロノメーター』


タグ:上田早夕里
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