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『高慢と偏見』(ジェイン・オースティン) [読書(小説・詩)]

 「これは広く認められた真理であるが、独身の男性で財産にもめぐまれているというのであれば、どうしても妻がなければならないものである」

 18世紀末、英国南部の田舎町を舞台に、ベネット家の五姉妹の結婚騒動を描いた古典。サマセット・モームが世界十大小説のひとつに挙げ、夏目漱石が絶賛し、数限りない読者を魅了してきたロマンス小説の傑作。私が読んだ文庫版(河出書房新社)出版は2006年2月です。

 ベネット家には五人の娘がおり、母親は良縁探しに奔走していた。五姉妹のなかでも最も機知に富んだ次女エリザベスは、舞踏会の場で裕福な紳士ダーシー氏に出会う。ダーシー氏はエリザベスに惹かれる。

 その態度から感じられるごう慢さや、悪い噂によってダーシー氏に反感を覚えていたエリザベスは、彼の求婚を自分と家族に対する侮辱と受け取り、手ひどく振ってしまう。しかしその後、ダーシー氏が世間で云われているような高慢な人ではないと知り、エリザベスの心は揺れ動いてゆくのだった・・・。

 「恐い不良だといわれている先輩が雨の中で動物を助ける姿を見てこの人は本当は優しい人なのだわと気づく」黄金パターンの元祖、原典として名高く、もしやベタ甘のロブロマンスかと覚悟して読みましたが、まったくそうではありません。鋭い人間観察にもとづいた、辛辣きわまりない皮肉と諧謔に満ちた痛快作です。

 何しろ登場する英国のアッパーミドル層の人々が、ほとんど全て嫌な奴ばかり。作者は手加減抜きに、人間の「駄目な資質」を恐るべき的確さ、辛辣さ、執拗さで描写してゆきます。

 ちなみに好感が持てる登場人物は定型的で印象が薄く、おそらく作者は人間の尊敬すべき資質についてはさほど興味がないのでしょう。他方、感じの悪い登場人物造形の何と多彩でリアルなこと。

 愚劣、気取り屋、尊大、卑屈、小物、不寛容、非洗練、恥知らず、放埒、うるさい、間抜け、うぬぼれ、偏狭、狭量、虚栄心、無礼、無知、無教養、怠け者、偽善、毒舌、ゴシップ好き、自分勝手、追従、気分屋。

 現代の読者であっても「いるいる、こういう奴」と心から共感し、その身も蓋もない描写に思わず吹き出してしまいます。高尚ぶった俗物の醜態を覗き見るゴシップ、キャンダル好きの気質も満たされ、それも含めて時代が変わっても人間の本質がいかに変わらないものか、改めて思い知らされます。

 ロマンス小説史上屈指の名場面、後に様々な作品にて流用・応用されることになる名シーンが、次々と登場する様には感嘆の他はありません。

 病気にかかった姉を見舞うため数マイルもの道を徒歩で歩き通し、服を濡らした上に泥はねまでつけた姿で到着するエリザベス。上流階級たるキャサリン夫人のいちいち尊大な態度にもひるまない姿勢。ヒロインの意志の強さ、頑固さ、そして自尊心の高さなどがよく表れています。

 一方で、求婚してきたダーシー氏と口論になる場面は、タイトル通り、二人が共に持っている高慢さと偏見が交錯する名シーンとして有名。その後に何度か出会いのシーンを重ねるごとに、二人の成長や変化が瑞々しい筆致で見事に表現されてゆきます。

 ダーシー氏の地所を訪れた折りに屋敷で彼にばったり出会い、その印象が以前と大きく変わっていることに戸惑うエリザベス。そのダーシー氏が妹の名誉を守るため密かに骨を折ってくれたと知り、自分でも気づかないうちに心を決めるエリザベス。そして彼から手を引くよう要求するキャサリン夫人に一歩も引かず対決するエリザベス。

 その人物描写の妙と辛辣なユーモアには、さすが200年もの間、多くの読者に愛されてきた古典だけのことはあると感心させられます。

 なお、さまざまな翻訳が出ていますが、私の読んだ河出文庫版(阿部知二訳)は1960年代に訳されたもので、訳文があまりにも直訳調で硬くて古めかしく、読みやすいとはとてもいえません。これからお読みになる方は何冊か読み比べて選ぶことをお勧めします。


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