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『宇宙ヨットで太陽系を旅しよう  世界初!イカロスの挑戦』(森治) [読書(サイエンス)]

 宇宙空間に広げた巨大な帆に太陽の光を受けて加速する、燃料も推進剤も必要ない宇宙ヨット、ソーラーセイル。人類初のソーラーセイル宇宙機「イカロス」はどのようにして開発されたのか。新書(岩波書店)出版は2011年10月です。

 2010年6月。小惑星探査機「はやぶさ」の奇跡的な地球帰還に日本中が注目している頃、金星探査機「あかつき」と共に打ち上げられたソーラー電力セイル実証機「イカロス」は、宇宙空間におけるソーラーセイル展開に成功するという人類初の快挙をなし遂げました。

 セイル展開に続いて、カメラ分離とセルフポートレイト撮影、金星フライバイ、薄膜太陽電池による発電、そしてソーラーセイル航行の実証など、全てのミッションを完遂。将来の木星・トロヤ群小惑星のソーラーセイル探査への道を切り拓いたのです。

 本書は、「はやぶさ」の話題に隠れてしまった感のある、この「イカロス」について開発者が熱く語った一冊。

 まずは、イカロスに用いられた様々な技術についての解説。

 マストを使わずセイル自体を回転させることで展開・姿勢維持するスピン方式。光の反射率を変えることが出来る液晶デバイスをセイルに貼り付け、そのオンオフによりセイルを操る操船技術。搬送波(キャリア)にデータを乗せるのではなく搬送波そのもののオンオフで行う極低レート通信(というか、ほとんどモールス信号)による通信不可能期間の短縮。などなど。

 その開発はどのようにして行われたのでしょうか。

 驚いたことに、イカロスの開発は、金星探査機「あかつき」を打ち上げる際にロケットの振動を抑えるための「オモリ」が必要ということから、せっかくだからオモリの代りに何か他の宇宙機を乗せよう、というところから始まったのだそうです。

 基本的に「あかつき」のためのオモリだから、予算も時間もかけられない。予算は通常の1/10。開発期間は2年半という非常識な短さ。しかも開発が間に合わなかったら、打ち上げてもらえないのではなく、未完成のまま「あかつき」のオモリとして打ち上げて宇宙に捨てられるという運命。

 このあり得ないような悪条件で「やります」と手を上げる根性には、感心するより前にあきれてしまいます。

 とにかく、金なし、時間なし、人手なし。プロトタイプモデルを作る余裕がないから、振動試験や熱真空試験は、ばっさり省略。それどころか、「はやぶさ」のプロトタイプモデルをひっぺがして部品や材料をかき集める、他の宇宙機開発プロジェクトで余った部品をもらってくる、「あかつき」の部品を開発したメーカーに“まったく同じ部品”を安く作ってもらう、などの涙ぐましい努力が続きます。

 涙ぐましいといえば、真夜中のスケートリンクを借りてのセイル展開実験というのも凄まじい。手巻きしたセイルをリンク中央につるして、セイルの先端マストにカーリングのストーンを付け、氷上で四つのストーンを押してから「よいしょっ」と離し、うまくセイルが展開するか試す。学園祭の余興みたいな。

 展開中にストーンがはずれて跳んできたときには、「スーパーマリオみたいに、決死のジャンプでした。(中略)セイル膜を助けるためにストーンの回っているつるつるのリンクを突進するなど、今思うと本当に怪我がなくてよかったなあと思います」(新書p.72)

 怪我がなくてよかったなあ、で済ませていいのか。日本の宇宙開発。

 苦労話に感動する一方で、こういう開発環境で育った技術や学生に、はたして将来性があるのか、疑問を感じるのも確かです。何だか「貧乏人のやりくり上手」みたいな人材ばかり育って、大きな予算を使った巨大プロジェクトを実行できるような人も組織も育たないのではないか。ちょっと不安になります。

 ともかく、2010年代のうちに「イカロス」のソーラー電力セイルと「はやぶさ」のイオンエンジンを組み合わせた、次世代探査機による木星圏探査を計画しているとのことで、予算が厳しくてもがんばって実現してほしい、と思います。

 余談になりますが、なぜ「イカロス」という名前にしたのか、という裏話が面白い。通常は公募で決める(応募数が一番多かった名前に自動的に決まる)のですが、そうすると「このソーラーセイルの名前を公募すれば、きっと「タコ」になってしまいそうだ・・・と予想がつくのです」(新書p.165)。なるほど。

 人類初のソーラーセイル実証機の名前が「タコ」になるのが嫌さに、公募を止めたというのです。神話のイカロスは太陽に近づきすぎて墜落する、だからその名前は縁起が悪い、という意見もあったそうですが、「そこまで高く飛んだのだから、仮にそうなったとしても、むしろ本望」(新書p.167)と言い切ったそうで、かっこいいなあ。でも個人的には「タコ」でもそれはそれで良かったんじゃないかと思います。


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