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『水族』(著:星野智幸、イラスト:小野田維) [読書(小説・詩)]

 シリーズ“星野智幸を読む!”、第14回。

 湖底に作られた透明通路で生活するという奇妙な仕事に就いた青年。魚や海獣に囲まれて一人ぼっちで生きているうちに、次第に世界が変容してゆく。ビルの上の密林、水没する東京、水中動物園。懐かしい雰囲気のイラストを多数収録した不思議な絵本。単行本(岩波書店)出版は2009年1月です。

 「ブンガクとビジュアル、実力派小説家と気鋭の画家による花の競演、大人のための絵本」という岩波書店のCoffee Booksシリーズの一冊です。小野田維さんの幻想的な絵が随所に散りばめられ、何だか懐かしい気分。

 地球温暖化による海面上昇で水没してゆく東京を舞台に、水と魚の幻想的イメージにあふれた物語が展開します。あふれる水がビルや密林や空を飲み込んでゆき、鳥も、獣も、街も、人も、すべてが水棲へと変貌してゆく様が描かれます。

 『紙女』という短篇小説の中で、作者自身をモデルにしていると思しき「ホシノ」という作家が「そりゃあもう。ぼくは魚に取り憑かれているところがあるんだ」と語っていますが、あながち虚構ではないのかも。

 読む前は、『無間道』と『俺俺』の間に発表された小説というからにはさぞや陰惨なものに違いない、などと想像していましたが、それほど嫌な話ではありません。まあ確かに湿っぽい物語ではありますが。

 星野さんの小説としては、最も読みやすく、分かりやすい作品で、しかもイラストを除けば正味中篇くらいの長さなので、この著者の作品を試しに一冊読んでみようという方にお勧めです。80ページ弱、B6判というコンパクトサイズ、ハードカバー。絵本というだけあって上製本ですから、クリスマスプレゼントにも向いているかも知れません。

 というわけで、これで現時点で発行されている星野智幸さんの本は全て読みました。個人的には、『植物診断室』以降の新しい作品がやっぱりいいと思う。このところ数年に一冊の頻度でしか本が出てないようなので、新作を読むのはしばらく先のことになりそうです。ちょっと寂しい。


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