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『冷たい方程式』(伊藤典夫:編訳) [読書(SF)]

 名作として広く知られている表題作をはじめとして、アシモフやベスターといった巨匠たちの掌篇、シェクリィやシマックの風刺コメディなど、50年代SFの傑作9篇を集めたSF傑作選。文庫版(早川書房)出版は2011年11月です。

 1980年2月にハヤカワ文庫SFより刊行された同名のSFアンソロジーを再編集した新版ですが、共通している収録作は表題作を含むわずか数篇だけで、他は総入れ替えですから、別の本だと思って間違いありません。

 収録作はいわゆる50年代SFばかりですが、今読んでもさほど古さを感じさせないのはさすがです。

 まず、冒頭に『徘徊許可証』(ロバート・シェクリイ)、巻末には『ハウ=2』(クリフォード・D・シマック)という、いずれも風刺色の強いコメディタッチの短篇が置かれているのが嬉しい。

 前者は、牧歌的でのどかな田舎植民星に、地球から査察官がやってきて「文化的に堕落してないか厳しくチェックする」というので住民たちが大いに困惑する話。

 地球の文化に合わせるために大急ぎで税務署やら教会やら刑務所を建てたものの、凶悪犯罪者の一人もいないと「地球の文化」を守っているとは云えない。そこで主人公は、市長から直々に「犯罪者」の仕事を任命される。さあ、強盗や殺人をやるんだ。みんな期待しているぞ。

 後者は、テクノロジーの発達により仕事がなくなって暇になった人類が、ひたすら趣味に没頭して時間を潰している時代が舞台。ある男が組立式ロボットを手に入れて仕事を命じたところ、そのロボットはどんどんロボットを組み立ててゆく。庭が汚れているというと大量のロボットがわらわらと改築に取りかかり、あっという間に庭は最新鋭の武器で武装した安全な要塞に早変わり。お金が欲しいというと、どんどんお札を刷ってしまう。

 昔はこういう風刺コメディが短篇SFの主流だったような気がしてならないのですが、近頃はあまり見掛けないようです。読んでいて懐かしい気分になりました。

 超能力テーマあるいはミュータントテーマの作品が、『信念』(アイザック・アシモフ)、『オッディとイド』(アルフレッド・ベスター)、『危険!幼児逃亡中』(C・L・コットレル)と三篇も収録されているのが目を引きます。

 ベスターとコットレルの作品は、いずれも強大すぎる超能力(確率操作能力、念動力)を持った子供が世界を危機に陥れるホラー的な色彩の強い短篇。ただし、いかにも映画的な展開のコットレル、絢爛たる文章の技で読者を幻惑するベスター、印象は全く異なります。

 それに対して、空中浮遊能力に目覚めてしまった科学者が、誰に相談しても信じてもらえず苦悩するのがアシモフの短篇。超能力で世界を破滅させればいいだけの子供たちと違って、大人は色々と大変なんですよ。

 また、『ランデブー』(ジョン・クリストファー)、『ふるさと遠く』(ウォルター・S・テヴィス)、『みにくい妹』(ジャン・ストラザー)という短いファンタジー作品が三篇収録されています。いずれも古典的なテーマを扱った作品で、ちゃんとオチがあるのでご安心。

 そして、表題作『冷たい方程式』(トム・ゴドウィン)。名前と大雑把なストーリーはほとんどの方がご存じのことでしょう。

 緊急航行中の小型宇宙船の中でパイロットが密航者を発見する。燃料はぎりぎり片道分しかなく、彼女の質量が加われば、惑星降下時に充分な減速が出来ず、宇宙船は墜落して二人とも死んでしまうだろう。そして積み荷である医薬品が届かなければ、植民者たちも疫病で全滅することになる。船外破棄しか選択肢はない。たとえその密航者が、兄に会いたい一心で乗り込んだ、けなげな若い娘であっても。

 科学と人間ドラマが不可分に結びついた見事な短篇で、SFの魅力の原点を再確認するような作品です。

 まあ、改めて読むと、かなり無理のある設定ではあります。そもそも安全係数とか全く無視した「ぎりぎり燃料搭載」という運用があまりにも非現実的すぎますが、万一の事故に備えて食料や飲料水や酸素ボンベなどがそれなりの量(むろん若い娘の体重分よりはるかに重い)が積み込まれていないはずはないだろう、とか、積み荷を梱包しているコンテナの質量はどうなの、とか、ツッコミの余地は大いに。

 しかし、読んで馬鹿馬鹿しく感じられないのは、もちろん作者の筆さばきの巧みさもありますが、まさにこの瞬間にも、経済学や政治力学における「冷たい方程式」によって、世界中で大勢の、本当に大勢の子供たちが無慈悲な死に追いやられている、という事実を知っているからではないでしょうか。

 というわけで、多くのSF読者にとって故郷のような50年代SF短篇を堪能できるアンソロジーです。SF入門用に、オールドSFファンの懐古心を満たすために、あるいは表題作のタイトルは知っているけど読んだことはない方や再読してみたい方などに、お勧めします。


[収録作]

『徘徊許可証』(ロバート・シェクリイ)
『ランデブー』(ジョン・クリストファー)
『ふるさと遠く』(ウォルター・S・テヴィス)
『信念』(アイザック・アシモフ)
『冷たい方程式』(トム・ゴドウィン)
『みにくい妹』(ジャン・ストラザー)
『オッディとイド』(アルフレッド・ベスター)
『危険!幼児逃亡中』(C・L・コットレル)
『ハウ=2』(クリフォード・D・シマック)


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