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『文明を変えた植物たち  コロンブスが遺した種子』(酒井伸雄) [読書(随筆)]

 新大陸から欧州に持ち込まれた植物は、人類文明をどう変えたのか。新大陸原産種から、ジャガイモ、ゴム、カカオ、トウガラシ、タバコ、トウモロコシを取り上げ、それが歴史に与えた決定的な影響を豊富なエピソードと共に解説。単行本(NHK出版)出版は2011年8月です。

 新大陸から持ち込まれた植物が欧州に、そして世界に及ぼした影響ははかり知れません。ジャガイモとトウモロコシにより人類は飢餓の恐怖から解放され、カカオは菓子の王様チョコレートを、タバコは膨大な税収(と医療費)を、それぞれもたらしました。もしもゴムが利用できなければ、自動車も、産業革命も、電気製品も、そして戦争も、今とは全く異なったものになっていたことでしょう。

 わずか数種の植物がどれほど大きく歴史を動かしたのかを、様々なエピソードと共に解説してくれる本です。

 「第一章 ヨーロッパ発展の原動力ジャガイモ」では、飢餓の克服から人口増加、さらには産業革命の達成まで、食料としてジャガイモが不可欠だったことが示されます。

 フランスの医師がジャガイモ(当時は気味悪がって誰も食べようとしなかった)普及のために打った宣伝工作など興味深いエピソードもたっぷり。

 「試験農場を柵で囲い、「これはジャガイモといい、王侯貴族が食べるものであるから、盗んだ者は厳罰に処する」と書いた看板を立て、昼間は兵隊に見張らせておきながら、夜になると監視の兵隊を引き上げさせた」(単行本p.34)

 狙い通り、あっという間にジャガイモはフランス庶民に普及したそうです。

 また、アイルランドではあまりにジャガイモが広く普及したため、19世紀中頃に病気が蔓延してジャガイモが収穫できなくなった途端に飢餓が始まり、最終的に150万人が餓死、同数の人が新大陸に逃げ延びたそうです。そのアイルランド系移民の子孫が、後にケネディ大統領、レーガン大統領、クリントン大統領を生んだわけですから、歴史というのは不思議です。

 「第二章 車社会を支えるゴム」では、天然ゴムの発見がタイヤの性能を劇的に向上させ、それが今日の自動車社会へとつながっていったことが解説されます。

 天然ゴムの製造法発見、ゴムタイヤの発明、カーボンブラック混入により耐磨耗性能が一挙に十倍にもなるという大発見、そして合成ゴムの出現、など技術革新の話題には興奮。

 合成ゴムがこれだけ高性能化したにも関わらず、今でも天然ゴムでないと製造できない極限性能ゴム製品が二つだけ残っている、という話も面白い。一つは飛行機のタイヤ。

 「高度一万メートル以上の上空における、氷点下50~60度という低温と、着陸時には煙が出るほどの高温、この両方の温度に耐えるという過酷な条件に加えて、離着陸時の激しい衝撃にも耐えられるのが天然ゴムである」(単行本p.85)

 もう一つの極限性能ゴム製品が何であるかは、そう、ご想像の通りです。

 「第三章 お菓子の王様チョコレート」では、アステカ族が通貨としても使っていた貴重なカカオ豆が欧州に持ち込まれてから、ココア、そしてチョコレートが発明されるまでの歴史。

 「第四章 世界の調味料になったトウガラシ」では、チリソース、七味、キムチなど世界中の食文化に取り入れられたトウガラシの歴史。ちなみに私、ピーマンとパプリカとトウガラシとシシトウがみんな同じ種であることを本書で初めて知りました。

 「第五章 生活の句読点だったタバコの行方」、「第六章 肉食社会を支えるトウモロコシ」では、タバコとトウモロコシがテーマとなります。

 塩漬け肉があまりにまずいのでスパイスを求めて旅立ったコロンブスは、結局スパイスを見つけることが出来なかった。でもジャガイモのおかげで冬も家畜を生かしておけるようになり、人々は塩漬け肉から解放された。さらにトウモロコシのおかげで飼育できる家畜の頭数が劇的に増加して欧州で肉食文化が発達。そして新大陸から来たマクドナルドが大量飼育の肉で世界を席巻。歴史の皮肉というか、こういう話には実に心動かされるものがあります。

 船員が持ち帰った数粒の種が文明をがらりと変えてしまった歴史を知ると、「その有用性が知られる前に絶滅してしまった植物が、もしも普及していたなら、今とは全く異なる歴史、思いもよらない異様な文明が発達していたのではないか」という想像にかられてしまいそう。

 というわけで、食料や嗜好品として普及している身近な植物がたどってきた壮大な歴史に感心させられます。歴史や文明なんて、わずか数種類の植物が手に入るか否かで一変してしまう程度の必然性しかないという洞察や、生物多様性の重要さについて考えるヒントも得られますし、何より次から次へと登場する様々なエピソードが興味深い。一読すれば必ず誰かに得意気に話したくなる雑学がいっぱい詰まった本です。


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