SSブログ

『あやかし草子 みやこのおはなし』(千早茜) [読書(小説・詩)]

 あるものは人を巧みに操り、あるものは人を理解しようとし、またあるものは人に激しく執着する。鬼、ムジナ、天狗、龍、霊、座敷童子。様々な「あやかし」との奇妙な交流を通じてあらわになるのは、人の心というもののすさまじさ。

 デビュー長篇『魚神』でいきなり泉鏡花文学賞を受賞して注目された著者による連作短篇集です。単行本(徳間書店)出版は2011年8月。

 夜な夜な楼門で笛を吹く男。その音色に感心した鬼が現れて、男に美しい娘を授ける。今は心がないが、いずれ魂を得て人になるという。男は娘と共に生活するが、娘のあまりの美しさ、そして次第に心が生じてくる様に恐れおののき・・・。
 (『鬼の笛』)

 人というものを理解しようと里に下りてきたムジナ。和尚に化けて古寺に住みついたところ、霊験あらたかとの噂が立ち、村人たちから大いに尊敬を集める。それでもなお人が理解できない和尚だったが、あるとき心から大切に思った娘を、身を滅ぼしてでも助けようとしたとき、何かが変わった。
 (『ムジナ和尚』)

 深山で天狗の大将と出会った娘。しばしば屋敷を抜け出しては天狗と会うのを楽しみにしていたが、やがて親の命令で結婚することに。天狗は娘に懐刀を渡し、これを抜けばお前がどこにいようと必ずや助けに行くと約束するのだった。
 (『天つ姫』)

 龍が棲むという山奥の滝を目指す一人の男。途中で気まぐれに蛇を助けたところ、夜になって山小屋に美しい女がやってくる。何日か抱き合った後で女は言う。人の世を捨て我と共に来い、と。恐ろしくなった男は女を殺すが、その夜もまた女がやってくる。執着心の凄まじさ切なさをえがき、畏怖の念をも引き起こす怪異譚。
 (『真向きの龍』)

 だいたいこのような感じの話が詰まっています。鬼や天狗など非常にポピュラーな妖をテーマにしており、話の展開もどこかで読んだことがあるような古典的なものばかり。完全に文章で勝負している小説です。

 その文章ですが、さすがに趣と迫力に満ちています。あるときは切々とした風情、あるときは鬼気せまる緊迫感。導入部から思わずつり込まれ、最後まで一気に読ましてしまう筆力には感服させられます。

 個人的には、『魚神』のあの雰囲気に共通するものがある『真向きの龍』が一番のお気に入り。これまで読んだ中で最も印象的な龍が登場します。ちょっと忘れがたい。

 現代を舞台とした恋愛小説『からまる』も悪くなかったのですが、やはりこの作者の持ち味は古風な幻想小説ではないでしょうか。


[収録作]

『鬼の笛』
『ムジナ和尚』
『天つ姫』
『真向きの龍』
『青竹に庵る』
『機尋』


タグ:千早茜
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: