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『困ってるひと』(大野更紗) [読書(随筆)]

 ビルマ難民救済に奔走していた女子が突如難病に倒れ、凄惨な闘病生活へ。耐えがたい苦痛と絶望の日々。死の縁まで追い詰められた彼女は、だが自らの「生存」のために社会に立ち向かってゆく。読者の魂にビンタ食らわすような衝撃と希望の書。単行本(ポプラ社)出版は2011年6月。

 作者自らの凄絶な闘病体験を書いた本で、この側面だけでも読みごたえたっぷりなのですが、それだけでは終わりません。

 ビルマ難民の支援活動に取り組んでいた女子大生である著者は、いきなり自己免疫疾患系の難病を発症して、瀕死の状態になってしまいます。ひたすら続く耐えがたい苦痛と生検地獄。治療法はなく、対症療法の繰り返しで身体を痛めつけ、ただひたすら延命を続けるだけ。朝がくるたびに、また一日苦痛に耐えて生きなければならないという絶望に塗りつぶされる日々。

 先の見えない闘病生活が長引くにつれ、友人たちも去ってゆき、医者からも疎まれだし。塗炭の苦しみに耐えて生きていることが、他人にとって迷惑になっているという底なしの認識。着地点のない重い鬱状態に陥り、ぼろぼろの身体とずたずたの精神を抱えて、ただ「しにたい」とつぶやくばかり。

 あまりの悲惨さに「うわあっ」と叫びだしそうになりますが、意外にも、この内容にしては暗く感じません。雰囲気が軽快というか、あまり悲惨にならないよう、読者をうんざりさせないよう、軽口やらおちゃらけやらセルフツッコミやら適度に入れて、全体的に明るくユーモラスな文章にしているのが一つの理由でしょう。もう一つは、著者自身が描いたイラストの素朴で軽妙な味わい。いいですよこれ。

 そして絶望のどん底で、著者は悟ります。人が最後に頼るべきは他人の厚意ではなく、社会へのコミットだと。持続的な「生存」のためには、社会制度による支えが必要不可欠であり、自分でそれを手に入れなければ、ただ死ぬだけだ、と。

 著者の戦いが始まります。動くことすらままならない重病人でありながら、日本社会が抱える矛盾に立ち向かってゆく著者。そして次第に分かってくることは、経済大国だとか美しい国だとか自称しているこの国が、弱者に対して示す冷淡さ。まるで福祉に頼るのは反社会的行為であると、社会的弱者になるということは反日活動であると、そういわんばかりの酷薄な福祉制度の実態。

 ここで導入部とつながるわけです。「難民」にとって、この国はかの軍事政権とどこが違うというのでしょうか。

 著者は、たった一人の「難民」のために、文字通り命がけの救済活動に取り組みます。生きるため、持続的に生存するため、社会に属するため、他者とつながるため、彼女の奮闘が始まります。

 ただ「退院する」、「自活する」という、それだけのために越えなければならない巨大な壁。主治医でさえ敵にまわる苦境のなか、ぎりぎりのところで著者を助け支えてくれる様々な人々。

 泣けます。

 あまりの極限状況に実は思わず笑ってしまうのですが、気がつくと涙がぼろぼろ出てきます。こうなると、いわゆる「難病もの」というより、冒険活劇、あるいはいっそスーパーヒーローもの。あまりの絶望の深さと、それを乗り越えようとする希望の強さに、立ちくらみを起こしそうです。

 人は社会がなければ生きてゆけないこと。社会との関わりあいにこそ希望があること。そして今の日本社会は弱者に対して恐ろしく酷薄であり、人々の無関心に支えられて状況はますます悪化しつつあること。

 少しも説教臭くなく、きれいごとでも建前でもなく、この上なく切実に伝わってくる様々な問題。人は誰でも、明日にでも、社会的弱者になりえます。その前に、今できることは何か、読後それを真剣に考えることになるでしょう。

 というわけで、難病ものとしても、社会運動の記録としても、ある種の冒険ノンフィクションとしても、素晴らしく感動的な作品です。今年読んだエッセイ本では今のところ文句なしのナンバーワン。どなた様も、ぜひお読みください。ぜひ売れに売れて続編が出てほしい。だってこの先どうなるのか心配だし。

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