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『オタク的翻訳論 日本漫画の中国語訳に見る翻訳の面白さ 巻八「毎日かあさん(大陸版)」』(明木茂夫) [読書(教養)]

 『オタク的中国学入門』で知られる明木茂夫先生の名シリーズ『オタク的翻訳論』。巻一から始まって巻七まで、虹の七色がついに揃ったところでシリーズ完結、の予定だったそうですが、嬉しいことに、というか予想通りというべきか、「せっかくだから、まだまだ続ける」と巻七で宣言してからはや一年。

 ついに待望の巻八が出ました。中国関連書籍専門の東方書店で購入しました。

 今巻のテーマは何と、巻三で扱った『毎日かあさん』(西原理恵子)再びであります。巻三で扱った台湾版では、明木先生自身が翻訳を手伝い、台湾の翻訳家がどのようなことに困り、どのような工夫をしたのか、当事者として具体的に教えてくれたのでした。詳しくは2009年07月16日の日記をご参照ください。

 そして今巻では、その後に大陸で出版された中国版、本書では「海南版」と表記されているのでこれにならいますが、その海南版と台湾版を比較してくれます。果たして大陸の翻訳者は例の「一発逆転しめしめ」、「わけ入ってもわけ入っても青い山」、そして「左ワキえぐり込むよに」の中国語訳にあたってどのような工夫をしたのでしょうか。

 えー、だいたいオチは読めているものと思いますが。

 そうです。台湾版のパクリです。

 明木先生、両方の訳文を比較して、その類似っぷり、そしてご自身のミス(左ワキえぐり込むように打つべしなのはジャブなのに、台湾の翻訳者に解説するときうっかり“左フック”と伝えてしまったため、台湾版での訳文は「左フックを使え!」という意味になってしまった)がそのままコピーされていることを指摘して、これはパクリとしか考えられない、と。

 何しろ台湾の翻訳者と苦労を分かち合った当事者なので、これには明木先生さすがに憤慨。叫んでおられます。「パクられたあっ!!」と。もはや学者、研究者ではなく、一介の被害者として。

 さて、海南版の翻訳者が独自に工夫しなければならなかったのは、そうです、「北朝鮮」問題。

 これは、いくら叱っても頑として自分の非を認めない娘の背後に大きく「北朝鮮」と書いてあるという、私の記憶が正しければ掲載をめぐって西原さんと毎日新聞の間で大喧嘩になったといういわくつきの一発ギャグです。

 台湾版では「北朝鮮」の表記はそのまま、「日本人の北朝鮮に対するイメージというのは、よく責任逃れをするということである。例えば、彼らが核兵器を製造するのも日本やアメリカに迫られてそうしたのであり、自分の国の過ちではない、などと言う」(オタク的翻訳論 巻3 p.17)という註釈を付けることで、台湾の読者にギャグの意味をよく理解してもらおうとするあまり問題を具体化、先鋭化してしまったという、何だか二重におかしかったのですが。

 さすがに共産党の指導が入るのを恐れたのか、海南版では「北朝鮮」という表記を消して、別の言葉に差し替えています。それがどういうものであるかは巻八の解説を読んで確認して頂きたいのですが、なるほど、と思わず膝を打つような工夫がなされています。時事ネタにひっかけて、同じ三文字でギャグのニュアンスをうまく表現できているし、こういう工夫が出来るのであれば、パクリのような手抜きをしなければいいのに。

 他にも、台湾版ではセリフが縦書きなのに、海南版では横書きになっている(そのためページ全体を左右反転させるという乱暴なことをしている)、そこから見えてくる台湾と大陸における大衆文化の位置づけの違いなど、政治や文化の相違に関わる興味深い話題も。勉強になります。

 巻六「あずまんが大王」でも台湾版と英語版の比較を行っていましたが、巻八に至って台湾版と大陸版の比較という興味深いテーマに踏み出した『オタク的翻訳論』新シリーズ。これからも楽しみです。


タグ:台湾
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