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『トラウマ映画館』(町山智浩) [読書(教養)]

 映画評論家、コラムニスト、あるいは「映画秘宝」創刊者としても知られている著者が、子供のころに観て衝撃を受け、いまだにトラウマとなっている映画の数々を紹介。ハリウッド的な美しき建前をひっぺがし、人間の真実を垣間見せてくれた幻の映画たちが、著者自身の人生とも共鳴してゆく。単行本(集英社)出版は2011年3月です。

 子供は純粋無垢であるとか、母性愛は美しいとか、信仰は人を救うとか、銃をとって戦うのは男らしいとか、そういった社会通念をあっさり踏みにじり、人間の、社会の、人生の、目を背けておきたい暗い側面を容赦なく描いた映画の数々。

 あまりの「本当のこと」っぷりに、批評家からは罵倒され、観客からもそっぽを向かれ、版権は安く買いたたかれ、結果として日本のテレビで放映されることになった(そして映画好きの子供たちに衝撃を与えた)カルトムービーを25本も紹介してくれます。

 まず、何といってもストーリー紹介がうまい。

 映画冒頭シーンの説明から始まって、基本設定を示し、さてこれからどう展開するのか、興味がわいてきたところで、すっと話題を変えるのです。映画制作時に監督や出演者が抱えていた事情、彼らのその後の人生、あるいはその映画に対する世間の反応、そして著者自身の思い、などが語られ、背景が飲み込めたところで、いきなり衝撃的な展開をぽんっと提示。幼い頃の著者が受けた衝撃を読者に追体験させます。

 確かにどれも展開は衝撃的なのですが、決してゲテモノではなく、煽情的でもなく、中二病的な底の浅い反抗(きれいごと言っててもどうせ人間なんでこんなもんだろ、みたいな)でもなく、真剣勝負のように犠牲を覚悟で人間や社会の真実に切り込んでゆく作品。終わっても残り続ける映画。帯に書いてある通り「忘れたい 忘れられない」。

 「思い出すと、つくづく自分にとって映画というものはクイントのような存在だった。親や学校が教えてくれないことをこっそり見せてくれた。人間というものの不可思議さを」(単行本p.173)

 「たしかに観ても楽しくはなかった。スカッともしなかった。それどころか、観ている間、グサグサと胸を突き刺され、観終わった後も痛みが残った。その痛みは、少年にとって、来るべき人生の予行演習だった」(単行本p.237)

 人生の予行演習。

 著者自身の家庭事情や苦悩もまた率直に語られ、それが映画と共鳴してゆくところは感動的。誰もがどこかで自分の人生と重ねることが出来るのではないでしょうか。

 あまり暗く深刻になり過ぎないよう、適度におちゃらけを入れてくれるのも助かります。「酒も眠気も吹っ飛び、一生宗教なんか信じません、と神に誓ったものだ」(単行本p.38)とか。あと、在りし日の子供らしい素直な感想もところどころ。

 「中年のくせに、リン・フレデリックみたいな美少女が相手なら人類が滅んでもいいじゃないか」(単行本p.110)

 「どちらかというと年増のマリアンヌよりも脱ぎっぷりのいい美少女リーゼに惚れた」(単行本p.164)

 「なってこった。汚れなき少女だったシベールが、たった三年後にはこれだ」(単行本p.180)

 おかげで心は中学生に逆戻り。その感性をもってこれらのトラウマ映画を観た気になるという素敵な(いや全然素敵じゃない)疑似体験。すでにして人生の大半は終わっていることにふと気付いて、ほっと胸をなでおろしたり。

 読んでいて気が滅入る一冊ではありますが、面白いという点ではもう飛び上がるほど面白い。こんな映画があったのか、これがあの作品の原典なのか、そして本当にそんなことがあったのか。驚きがあります。

 というわけで、映画好きの方、子供の頃に観て衝撃を受けたトラウマ映画のタイトルやストーリーが思い出せなくて困っていた方、欧米の社会病理に興味がある方、あるいは海外の子供たちは『漂流教室』や『洗礼』や『デビルマン』を読まずしてどうやって大人になるのか不思議に思ったことのある方、などにお勧めします。


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