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『四元康祐詩集』(四元康祐) [読書(小説・詩)]

 第一詩集『笑うバグ』全篇をはじめとして、『世界中年会議』、『ゴールデンアワー』、『噤みの午後』などの詩集から代表作を集めた四元康祐さんの初期作品集。現代詩文庫(思潮社)出版は2005年7月です。

 最新詩集『言語ジャック』があまりにも面白かったので、著者の初期作品集を読んでみました。

 まず最初に収録されている第一詩集『笑うバグ』がいきなり衝撃的。

 「将来の時間(t)に於けるキャッシュフロー(CFt)の/未来の地平線へと続く無限の連なり(CFストリーム)を/リスクフリー・レート(rf)、その資産固有のリスクファクター(β)/及び市場の平均利回り(rm)に基づいて算出される割引率(r)によって/現在価値に換算したものがその金融資産の価格であると主張する/ここで価値が金融市場の需給関係から独立して存在していることに注目せよ/キャぺムに依れば価値は資産に内在する」(『CAPMについて』より)

 えーと、何が何やら分かりませんが、よく分からないけどインパクトがある言葉というのは「詩」である、と断言してしまったところが凄い、のではないでしょうか、あ、違いますか。そういや私は技術屋なので専門的な仕様書とか規格書といったものを読まなければなりませんが、そうか、あれも「詩」なのか、私は「詩」をたくさん読んできたのか。

 「見たまえ、これが世界の全体、そしてそれを分割する分水嶺だ/世界に包括されるすべての因子は/この分水嶺を中心として完全なるバランスを保たねばならない」(『会計』より)

 これはバランスシート(貸借対照表)というものを詩の言葉で説明したもの、だと思います。

 「トルコのリラと来たら振り向きもしない/彼はこのところ落ちっ放しだったからだ/リラには他にも兄弟がいてイタリアの兄貴は羽振りが良い/無口なメキシコ娘のペソの肩に腕を回して/しきりとスワップの話を持ちかけているところだ」(『戯れる通貨達』より)

 これは新聞の外国為替欄に書かれていることを詩の言葉に「翻訳」したもの、だと思います。どさくさまぎれにシモネタを入れるのは著者の得意とするところです。

 こんな感じで、投資回収率、オペション取引、為替ディーラー、証券アナリスト、リグレッション分析、労務管理、企業年金会計などが次々と詩化されてゆきます。ときどき秘書やら警備員やら掃除婦やら、しまいにはコピーマシンや電卓が語り始め、窓の外からは空飛ぶ円盤が近づいてくるのに、損失を出した部長はそのことに気づきません。

 そして生意気なパソコンはこう挑発します。「あと、楽なのはいわゆる「現代詩」ね、ちょっと難解で意味ありげなやつ。あれは適当な単語変換とロジックの脱線とを組み合わせれば結構簡単にできるんですよ」(『電子少年トロンは語る』より)

 国際金融市場にたゆたう風情、日経新聞にみちみちる詩情。何ということだ。こんなにオモシロイ詩集を知らずに生きていた私。

 続く詩集に収録されている作品になると、1.新鮮なアイデア、2.完全なプロット、3.意外な結末、があったりして、いや3.はともかくとして、詩というよりショートショートに近いものが増えてきます。

 第一回世界中年会議に日本代表として出席したときのレポート。いきなりドドーンという音と共に歩きだす家。三十年後の未来からやってきた息子。迫るエイリアンから逃げるシガニー・ウィーバー、パリにやってきて汚れつちまつた中原中也。山中にて拉致されたモミの木が鋭利な刃物により身体を切断され遺体は飾りつけなどされた上で暖炉の前に放置されたままメリークリスマス!!

 こういう詩をなぜ書くのか。

 「あのひと、一貫して自分の身の回りのことばかり詩にしているのね。わたしと会って恋愛詩を書き、会社に入ってビジネスの詩、アメリカで暮らしたらアメリカ詩集、子どもが生まれて子育て詩集、中年になって『世界中年会議』でしょう。いつも目の前にあることしか書かないの」(『箱を囲んで』より)

 「大阪のシャベリの伝統やね。喋ってるうちにコトバが現実から離れて勝手に飛び回って、森羅万象片っ端から話のネタにしてしまうのよ。無責任にチャカしてんねんけど悪気はないねん」(『箱を囲んで』より)

 四元康祐さんといえば、海外在住のエリートビジネスマンにして国際的に活躍している高名な詩人、坂の上の雲の上の蜘蛛の糸の上の人、というイメージに目をくらまされていましたが、根はあれだな、大阪のいちびり。

 というわけで、詩とはこういうもの、詩はこういう題材をうたうもの、というこちらの先入観をかっと小気味よく打ち抜くような作品でいっぱいの詩集。やっはーっ、好み直撃。『言語ジャック』が気に入った方は、ぜひこちらもどうぞ。

[収録作品]

詩集『笑うバグ』全篇
詩集『世界中年会議』から
詩集『噤みの午後』から
詩集『ゴールデンアワー』から
その他、エッセイ、作品論、詩人論など


タグ:四元康祐