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『絶叫委員会』(穂村弘) [読書(随筆)]

 駅の伝言板に残されていた「犬、特にシーズ犬」の謎。「マツダのちんこはまるっこいです」という小学生の叫び。「そういや、おこぞまる、って自分以外の人が言うのを聞いたことがない」と不思議がる知人。スーパーに張ってあった「放し飼い卵!」という張り紙。日常生活のあちこちに潜んでいる詩を目ざとく見つけて考察するエッセイ集。単行本(筑摩書房)出版は2010年5月です。

 「正規のルートで詩を書くのは大変だ。才能やセンスや知識や労力が必要になる。だが、その一方で世界には偶然生まれては消えてゆく無数の詩が溢れているように思える」(単行本p.181)

 歌人の穂村弘さんが街で見つけた印象的な言葉。うっかり世界の真実に触れてしまったような恐ろしくも滑稽な野良詩。それらを紹介しつつ、その言葉が持っている不思議な魅力について語る一冊です。収録されているのはこんな感じの言葉たち。

 妊娠したかも知れないと言い出した恋人に対して、穂村さんの知人がとっさに言ってしまったぎりぎりの本音。
 「妊娠してなかったらなんでも買ってやる」

 穂村さんが会社の総務課長だったころ、システム部の女性社員が飛び込んできて叫んだ言葉。
 「バーベキュー、バーベキューって何回やっても駄目なんです!」

 自殺した友をしのんで集まった仲間たち。不意にひとりが真剣に言う。
 「Nが生き返るなら、俺、指を4本切ってもいいよ」

 駅の掲示板に残された、奇妙な真剣さが伝わってくる貴重なメッセージ。
 「犬、特にシーズ犬」

 さすがに本物の小学生は違う、と穂村さんを感嘆させた叫び。
 「マツダのちんこはまるっこいです」

 ほとんど面識のない女性と会ったときのなにげない挨拶。
 (穂村)「お久しぶり、お元気ですか」
 (女性)「堕胎しました」

 駅のジューススタンドで穂村さんが見た光景。父親が子どもに、健康的だからと野菜ジュースを飲むように勧めて。
 「これ飲むと、青虫みたいになれるよ」

 知人が「おこぞまるから」と言ったので、穂村さんが「おこぞまる、ってどういう意味?」と聞き返すと「え、方言なのかなあ」と首をひねりながら。
 「そういえば自分以外のひとが云うのをきいたことがない」

 会社員時代の穂村さんが入社試験の監督をしていたとき、一人の女子学生が手を挙げて質問。
 「このテストに落ちたら、来週もう一度受けにきてもいいですか」

 穂村さんの知人が、ドッペルゲンガーと言おうとして口から出た言葉。
 「トーテムポール」

 作品への愛と著者への敬意が伝わってくると穂村さんを感心させた発言。
 「怪人二十面相はこんな油断しないと思うんだけど。でも、江戸川先生が書くからには本当なんだろうね」

 穂村さんが近所のスーパーで見つけた張り紙。
 「放し飼い卵!」

 打ち合わせの席にて、同僚がクライアントの横暴さにとうとう我慢できずに叫んだ怒りの言葉。
 「でも、さっきそうおっしゃったじゃねえか!」

 あからさまな「間違い」ではなく、かと言って「うまい表現」というわけでもなく、鈍感な人ならうっかり聞き流してしまいそうな、そんな分類不能な言葉たち。歌人である著者は衝撃を受け、思わず真剣に考察してしまいます。なぜ、自分はこの言葉にインパクトを感じたのか。この言葉が持つ迫力はなんなのか。

 「夜の電車のなかで、成分の全てがグチとワルグチとジマンとホシンであるような酔っぱらいの独り言をきいていると、だんだん悲しくなってくる。世界がとても薄っぺらい場所に思えてくるのだ。どうせならその逆がいい。世界はなんだか得体の知れない奥行きをもった場所であって欲しい」(単行本p.47)

 というわけで、不意に世界を得体の知れないものに変えてしまう言葉に戸惑っているうちに、著者が仕掛けた笑かしにひっかかって思わず吹き出してしまう、基本的には爆笑エッセイです。大笑いしつつ、楽しい人生のために詩歌がなぜ必要なのか、それが何となく分かる、ような気がしてくる、そんな一冊。変な言葉がはらんでいるいわくいいがたい謎言霊が気になる方にお勧めです。


タグ:穂村弘
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『プラスマイナス 128号』 [その他]

 『プラスマイナス』は、詩、短歌、小説、旅行記、身辺雑記など様々な文章を掲載する文芸同人誌です。配偶者が編集メンバーの一人ということで、宣伝を兼ねて最新号をご紹介いたします。

 乳ガン闘病記『目黒川には鯰が』(島野律子)では、抗ガン剤の副作用により白血球減少が起こり、この状態で雑菌にでも感染したら命にかかわるということで、強制入院させられたときの体験が書かれています。本人も大変なんですが、家族もきついんですよ。

 欧州一人旅を続けるタフな息子さんのエピソードが続く『香港映画は面白いぞ』(やましたみか)。旅先で荷物一式を盗られ、しかも発熱と腰痛に苦しみ、「とりあえずまだ生きてる」とのメールを最後に連絡が途絶えた息子さん。危機また危機の一人旅からようやく帰国したのは、2011年3月10日。ようやく一安心ですね?

 そして今号は『一坪菜園生活』(山崎純)がお休み。寂しい思いをしているのは私だけではないはず。次号を楽しみに待ちたいと思います。

[プラスマイナス128号 目次]

巻頭詩 『五月』(琴似景)、イラスト(D.Zon)
俳句 『微熱帯 30』(内田水果)
随筆 『目黒川には鯰が 術後治療編2』(島野律子)
詩 『烙印』(多亜若)
詩 『名前が見えるようにうねって』(島野律子)
詩 『続 チコ・イリードフ(後)』(深雪)
イラストエッセイ 『脇道の裏の話』(D.Zon)
随筆 『香港映画は面白いぞ 128』(やましたみか)
詩 『ブーム』(深雪)
イラストエッセイ 『脇道の話 67』(D.Zon)
編集後記
「あのときあのひと」 その1 やましたみか


 というわけで、盛りだくさんで定価300円の『プラスマイナス』、講読などのお問い合わせは以下のページへどうぞ。

弱拡大
http://www.aa.cyberhome.ne.jp/~babahide/


タグ:同人誌
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『経済のことよくわからないまま社会人になってしまった人へ 増補改訂版』(池上彰) [読書(随筆)]

 タイトルそのまんま。そもそも「株」って何? 「リーマン・ショック」って? 「年金」って破綻するの? なぜ「税金」をとられるの? というレベルの疑問を持つ人がこっそり読む解説本。単行本(海竜社)の出版は2004年1月、私が読んだ増補改訂版は2009年12月に出版されています。

 昨日の日記にも書きましたが、四元康祐さんの第一詩集『笑うバグ』(現在は『四元康祐詩集』に全編収録)においては、資本資産評価モデル(CAPM)、オプション取引、投資回収率、リグレッション分析、鞘取り売買、キャッシュフロー、リスクフリーレート、といったわけの分からない言葉が乱舞しています。

 たぶん経済用語、それも金融取引にかかわる言葉なんだろうな、というあたりまでは想像できますが、ではどういう意味かと聞かれたら、これがさっぱり。あくまで詩の言葉なので、必ずしも本来の意味が分からないといけないわけではないでしょうが、やっぱり知っていて読んだ方が面白いのではないか、分からずに読んでいる私は損をしているのではないか、という懸念が振り払えません。

 そこで、とりあえず最も簡単そうな経済の本を読んでみました。それが本書です。タイトルからして「まさにワタシのための一冊」という気になるではありませんか。(だから売れたらしい)

 全体は、「買う」、「投資する」、「借りる」、「世の中をつかむ」、「備える」というように「読者が何をしたいか、何が気になるか」という観点で分類されており、買物、株式投資、クレジットカード、銀行、保険、税金、年金、といった身近なことが分かりやすく解説されています。記述は極めて平易、とにかく分かりやすさ優先です。

 2009年に出版された増補改訂版では、リーマン・ブラザーズ経営破綻から世界金融危機が生じた経緯、社会保険庁が引き起こした「消えた年金記録問題」、など最近の話題が解説されています。

 私たちの生活が「経済」という大きな流れと深く関係していること、自分がどのような人生を送りたいのかを主体的に選択することこそが経済に参加する基本だということ、そういったメッセージが力強く伝わってきます。そこが良かった。

 ただし、四元康祐さんの詩を読む上ではまったく役に立ちませんでした。後から考えたら、そもそも解説書の選択を間違えてた。


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『四元康祐詩集』(四元康祐) [読書(小説・詩)]

 第一詩集『笑うバグ』全篇をはじめとして、『世界中年会議』、『ゴールデンアワー』、『噤みの午後』などの詩集から代表作を集めた四元康祐さんの初期作品集。現代詩文庫(思潮社)出版は2005年7月です。

 最新詩集『言語ジャック』があまりにも面白かったので、著者の初期作品集を読んでみました。

 まず最初に収録されている第一詩集『笑うバグ』がいきなり衝撃的。

 「将来の時間(t)に於けるキャッシュフロー(CFt)の/未来の地平線へと続く無限の連なり(CFストリーム)を/リスクフリー・レート(rf)、その資産固有のリスクファクター(β)/及び市場の平均利回り(rm)に基づいて算出される割引率(r)によって/現在価値に換算したものがその金融資産の価格であると主張する/ここで価値が金融市場の需給関係から独立して存在していることに注目せよ/キャぺムに依れば価値は資産に内在する」(『CAPMについて』より)

 えーと、何が何やら分かりませんが、よく分からないけどインパクトがある言葉というのは「詩」である、と断言してしまったところが凄い、のではないでしょうか、あ、違いますか。そういや私は技術屋なので専門的な仕様書とか規格書といったものを読まなければなりませんが、そうか、あれも「詩」なのか、私は「詩」をたくさん読んできたのか。

 「見たまえ、これが世界の全体、そしてそれを分割する分水嶺だ/世界に包括されるすべての因子は/この分水嶺を中心として完全なるバランスを保たねばならない」(『会計』より)

 これはバランスシート(貸借対照表)というものを詩の言葉で説明したもの、だと思います。

 「トルコのリラと来たら振り向きもしない/彼はこのところ落ちっ放しだったからだ/リラには他にも兄弟がいてイタリアの兄貴は羽振りが良い/無口なメキシコ娘のペソの肩に腕を回して/しきりとスワップの話を持ちかけているところだ」(『戯れる通貨達』より)

 これは新聞の外国為替欄に書かれていることを詩の言葉に「翻訳」したもの、だと思います。どさくさまぎれにシモネタを入れるのは著者の得意とするところです。

 こんな感じで、投資回収率、オペション取引、為替ディーラー、証券アナリスト、リグレッション分析、労務管理、企業年金会計などが次々と詩化されてゆきます。ときどき秘書やら警備員やら掃除婦やら、しまいにはコピーマシンや電卓が語り始め、窓の外からは空飛ぶ円盤が近づいてくるのに、損失を出した部長はそのことに気づきません。

 そして生意気なパソコンはこう挑発します。「あと、楽なのはいわゆる「現代詩」ね、ちょっと難解で意味ありげなやつ。あれは適当な単語変換とロジックの脱線とを組み合わせれば結構簡単にできるんですよ」(『電子少年トロンは語る』より)

 国際金融市場にたゆたう風情、日経新聞にみちみちる詩情。何ということだ。こんなにオモシロイ詩集を知らずに生きていた私。

 続く詩集に収録されている作品になると、1.新鮮なアイデア、2.完全なプロット、3.意外な結末、があったりして、いや3.はともかくとして、詩というよりショートショートに近いものが増えてきます。

 第一回世界中年会議に日本代表として出席したときのレポート。いきなりドドーンという音と共に歩きだす家。三十年後の未来からやってきた息子。迫るエイリアンから逃げるシガニー・ウィーバー、パリにやってきて汚れつちまつた中原中也。山中にて拉致されたモミの木が鋭利な刃物により身体を切断され遺体は飾りつけなどされた上で暖炉の前に放置されたままメリークリスマス!!

 こういう詩をなぜ書くのか。

 「あのひと、一貫して自分の身の回りのことばかり詩にしているのね。わたしと会って恋愛詩を書き、会社に入ってビジネスの詩、アメリカで暮らしたらアメリカ詩集、子どもが生まれて子育て詩集、中年になって『世界中年会議』でしょう。いつも目の前にあることしか書かないの」(『箱を囲んで』より)

 「大阪のシャベリの伝統やね。喋ってるうちにコトバが現実から離れて勝手に飛び回って、森羅万象片っ端から話のネタにしてしまうのよ。無責任にチャカしてんねんけど悪気はないねん」(『箱を囲んで』より)

 四元康祐さんといえば、海外在住のエリートビジネスマンにして国際的に活躍している高名な詩人、坂の上の雲の上の蜘蛛の糸の上の人、というイメージに目をくらまされていましたが、根はあれだな、大阪のいちびり。

 というわけで、詩とはこういうもの、詩はこういう題材をうたうもの、というこちらの先入観をかっと小気味よく打ち抜くような作品でいっぱいの詩集。やっはーっ、好み直撃。『言語ジャック』が気に入った方は、ぜひこちらもどうぞ。

[収録作品]

詩集『笑うバグ』全篇
詩集『世界中年会議』から
詩集『噤みの午後』から
詩集『ゴールデンアワー』から
その他、エッセイ、作品論、詩人論など


タグ:四元康祐
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『スウィートな群青の夢』(田中庸介) [読書(小説・詩)]

 田中庸介さんの第二詩集です。単行本(未知谷)出版は2008年11月。

 「日本はアジアの東のはずれだから/大変よいスープ麺を食べることができる/その紹介から始めよう」(『冷房病のひとに』より)

 冒頭から「ラーメンのうまさ」を紹介する詩です。続いて、白玉タピオカぜんざい、すいか、梅昆布飴、ぶっかけうどん、うな丼をうたった詩が登場。なかでも、すいか、うどん、素敵。

 その間に、部屋が散らかってて手がつけられない様をよんだ詩、初夏の夜に自転車をとばしたらすげえ気持ちよかったという詩、アニメキャラのコスプレについての詩、などが挟み込まれます。ここまでが前半。

 読んでもいないのに頭にこびりついていた「現代詩、難解だから」という先入観をあっさり洗い流してくれる作品ばかりです。ちっとも難解じゃない。むしろうまそう。

 後半は少し難しい作品も混じってきますが、ちゃんと「夏野菜のカレー」のうまさをうたった詩、レモンやみかんのうまさをうたった詩も出てきて一安心。自身の離婚をうたった詩には、しっかり「ヒグチさん、イトーさん、ヒラタさん」といった先輩詩人の方々が登場し、「みんなうれしそう」にしてたり。

 すごいのは『数字短歌自歌七番』という作品。数字短歌というのは、一例を挙げると「11112 3313233 22223 2233133 2331222」といった具合に数字だけで構成された短歌のこと。このような作品による歌合(競技)という趣向なのですが。

 判者これを評していわく「岩間にこだまする朝の風音のような1112の幽玄からいきなり盛り上がる3313233の高みへ。そして高原を吹きぬける風のごとき2の多用」。

 こういう数字短歌どうしの七番勝負と選評を完全収録。

 詩歌の評論から感じられるある種の滑稽さというか馬鹿馬鹿しさを表現しようとしているのでしょうが、しかし大真面目に「3313233にただ一つ使われている2が、第二番左歌や第三番右歌とはまた趣を異にして心に触れる」などと言われると、確かにそんな気がしてくる不思議。罠。

 というわけで、ページをめくればいつでも夏の午後のすっぽ抜けた困惑感が味わえる気持ちよい一冊です。読みやすく、何が書かれているのかもよく分かるし、とてもうまそう。私と同じく「現代詩」なるものに苦手意識を持っている方に特にお勧めします。


タグ:田中庸介
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