『SFマガジン2011年5月号 チャールズ・ストロス&コリイ・ドクトロウ特集』 [読書(SF)]
SFマガジンの2011年5月号は「チャールズ・ストロス&コリイ・ドクトロウ特集」ということで、このハッカー気質というかスラッシュドットな二人の作品を三篇掲載してくれました。
まず最初の『無線人』(チャールズ・ストロス&コリイ・ドクトロウ)は二人の共作で、誰でも無料アクセスできる公衆無線LANアクセスポイントをあちこちに設置して回る活動をしている、「無線人」と呼ばれるハッカーたちを扱った短篇。
作中の米国では、ヒステリックなテロ対策法により、暗号使用やネットへの匿名アクセスが厳しく制限されています。「無線人」の活動自体は非合法ではないのですが、警察に見つかるとなんやかやで別件逮捕され、罪状をでっち上げられて刑務所に何年もぶち込まれる危険があります。
そんな危険を覚悟で「無線人」をやっている主人公は、ミッション中にトラブルを起こして警察に追われるはめに。果たして彼は逮捕を逃れることが出来るのか。そして政府に監視されない「自由なネット利用」を守ろうという運動はやはり潰されてしまうのか。
典型的なハッカー小説で、テロ対策という名目でネットと情報を監視下に置きたい政府とそれに反抗するいささか美化されたハッカーたちの攻防が描かれます。いかにもハッカー好みの陰謀論がベースだったり、見せ場である警察との追跡劇がまんま「グランド・セフト・オート(GTA)」だったり、ちょっと鼻白む面もあるのですが、でもさすがの面白さ。欧州では「無線人」たちの活動は非合法どころか称賛されている、という皮肉も効いています。
『酔いどれマンモス』(チャールズ・ストロス)は、いつとも知れぬ遠未来を舞台としたスラップスティックコメディ。
由緒正しき日系スコットランド貴族ラルフ・マクレガー・鈴木伯爵(全然、由緒正しくありません)は、大気圏再突入ダイビング・レース(耐熱サーフボードに乗って軌道上から地表まで“落下”する危険なスポーツ。ザクには無理)の前夜、メカ愛人と喧嘩し、彼女は家出してしまう。異母妹からは火星旅行に行くからといってペットの小型マンモスを預かるはめになり、これが酔っぱらって大狼藉。そこに有能すぎる執事が現れ、ぐだぐだな主人公をてきぱきサポート。
由緒正しきアラブの王族、アブドゥル・アル=松本親王殿下(どう考えても由緒正しくありません)のパーティに呼ばれた主人公、執事とマンモスを連れて出かけたところ、そこは邪悪な共産主義者どもの巣窟(なんと!)。絶体絶命の危機に予定調和的に大活躍する酔っぱらいマンモス。とらわれの愛人を救出したものの、果たしてこの要塞から脱出なるか。執事「勝手ながら、ご出発にそなえ、惑星防衛網を無効化しておきました」
あー、ストロスらしい作品。次から次へとアイデアとジャーゴンが飛び出し、何が何やら混乱しているうちにドタバタが展開してゆきます。トラブルメーカーのペット、さらわれ役の愛人、沈着冷静で有能すぎる執事など、登場人物の類型化もやりすぎ感にあふれており、まあ個人的にはどうかと思いますが、好きな人は好きでしょう。
最後の『エインダのゲーム』(コリイ・ドクトロウ)は、タイトルこそ『エンダーのゲーム』(オースン・スコット・カード)のもじりですが、特に内容に関連はありません。これはMMORPG(多人数同時参加型オンラインRPG)にハマっていわゆるネトゲ廃人になっているエインダという女の子の物語です。
達成すれば(ゲーム内通貨ではなく)現金が手に入るという特殊ミッションを繰り返し、口座に振り込まれた報酬で学校帰りに甘物を喰い続け、夜中はひたすらゲームに没頭し、ぶくぶく太ってゆくヒロイン。あるとき殲滅した敵の最後の一人が彼女に告げる。君はメキシコの貧しい少女たちから生活費を奪っているんだ、と。これはゲーム内のイベントじゃなかったの? 愛するゲームが抑圧と搾取の手段として使われている? わたしはどうしたらいいんだろう。
搾取工場に閉じ込められ、ほんのわずかな手間賃で1日18時間ひたすらゲーム内で経験値稼ぎやアイテム作成をやらされる途上国の子供たち。そうして手に入れた高レベルキャラやアイテムをリアルマネートレーディング(RMT)で現金化する貧困ビジネス。知らないうちにそれに加担させられていたことに気付くヒロイン。SF的に飛躍した設定はなく、現実に起きている問題をそのまま書いた作品です。
途上国での搾取についてのお説教は、正直言って想像力や真剣さに欠けていて、何だかスローガン臭く感じられるのが残念。ページの大半を費やして書かれているゲーム展開は面白く、まあナードな作家が書いたゲーム小説として気楽に読んだ方がいいかと思います。
他には、三分割して掲載された『ヒロシマをめざしてのそのそと 〈後篇〉』(ジェイムズ・モロウ)がついに完結。第二次大戦末期、二足歩行巨大爬虫類怪獣がミニチュアのトーキョーを破壊する様を見せつけることで日本の使節団を恐怖のどん底に突き落とし無条件降伏を認めさせる、という作戦の顛末がついに明らかになります。はたしてトカゲの着ぐるみと主人公の熱演は歴史を動かすことが出来るのか。
それまでのお気楽コメディタッチが、一変して沈鬱な展開になるのには驚かされました。ラストにわずかな救いが用意されているものの、内省的な暗い雰囲気のまま幕が下ろされます。モンスター映画の世界と現実、どちらの方がより馬鹿げているのでしょうか。
余談ですが、『日本SF精神史 幕末・明治から戦後まで』の長山靖生さんによる評論「僕がSFでマンガでアニメで、おたくと呼ばれた頃 -記憶のなかの80年前後SFファンダム史」が、同年代(1962年生まれ)としては、読んでいて色々とイタくて。
[掲載作品]
『無線人』(チャールズ・ストロス&コリイ・ドクトロウ)
『酔いどれマンモス』(チャールズ・ストロス)
『エインダのゲーム』(コリイ・ドクトロウ)
『ヒロシマをめざしてのそのそと 〈後篇〉』(ジェイムズ・モロウ)
まず最初の『無線人』(チャールズ・ストロス&コリイ・ドクトロウ)は二人の共作で、誰でも無料アクセスできる公衆無線LANアクセスポイントをあちこちに設置して回る活動をしている、「無線人」と呼ばれるハッカーたちを扱った短篇。
作中の米国では、ヒステリックなテロ対策法により、暗号使用やネットへの匿名アクセスが厳しく制限されています。「無線人」の活動自体は非合法ではないのですが、警察に見つかるとなんやかやで別件逮捕され、罪状をでっち上げられて刑務所に何年もぶち込まれる危険があります。
そんな危険を覚悟で「無線人」をやっている主人公は、ミッション中にトラブルを起こして警察に追われるはめに。果たして彼は逮捕を逃れることが出来るのか。そして政府に監視されない「自由なネット利用」を守ろうという運動はやはり潰されてしまうのか。
典型的なハッカー小説で、テロ対策という名目でネットと情報を監視下に置きたい政府とそれに反抗するいささか美化されたハッカーたちの攻防が描かれます。いかにもハッカー好みの陰謀論がベースだったり、見せ場である警察との追跡劇がまんま「グランド・セフト・オート(GTA)」だったり、ちょっと鼻白む面もあるのですが、でもさすがの面白さ。欧州では「無線人」たちの活動は非合法どころか称賛されている、という皮肉も効いています。
『酔いどれマンモス』(チャールズ・ストロス)は、いつとも知れぬ遠未来を舞台としたスラップスティックコメディ。
由緒正しき日系スコットランド貴族ラルフ・マクレガー・鈴木伯爵(全然、由緒正しくありません)は、大気圏再突入ダイビング・レース(耐熱サーフボードに乗って軌道上から地表まで“落下”する危険なスポーツ。ザクには無理)の前夜、メカ愛人と喧嘩し、彼女は家出してしまう。異母妹からは火星旅行に行くからといってペットの小型マンモスを預かるはめになり、これが酔っぱらって大狼藉。そこに有能すぎる執事が現れ、ぐだぐだな主人公をてきぱきサポート。
由緒正しきアラブの王族、アブドゥル・アル=松本親王殿下(どう考えても由緒正しくありません)のパーティに呼ばれた主人公、執事とマンモスを連れて出かけたところ、そこは邪悪な共産主義者どもの巣窟(なんと!)。絶体絶命の危機に予定調和的に大活躍する酔っぱらいマンモス。とらわれの愛人を救出したものの、果たしてこの要塞から脱出なるか。執事「勝手ながら、ご出発にそなえ、惑星防衛網を無効化しておきました」
あー、ストロスらしい作品。次から次へとアイデアとジャーゴンが飛び出し、何が何やら混乱しているうちにドタバタが展開してゆきます。トラブルメーカーのペット、さらわれ役の愛人、沈着冷静で有能すぎる執事など、登場人物の類型化もやりすぎ感にあふれており、まあ個人的にはどうかと思いますが、好きな人は好きでしょう。
最後の『エインダのゲーム』(コリイ・ドクトロウ)は、タイトルこそ『エンダーのゲーム』(オースン・スコット・カード)のもじりですが、特に内容に関連はありません。これはMMORPG(多人数同時参加型オンラインRPG)にハマっていわゆるネトゲ廃人になっているエインダという女の子の物語です。
達成すれば(ゲーム内通貨ではなく)現金が手に入るという特殊ミッションを繰り返し、口座に振り込まれた報酬で学校帰りに甘物を喰い続け、夜中はひたすらゲームに没頭し、ぶくぶく太ってゆくヒロイン。あるとき殲滅した敵の最後の一人が彼女に告げる。君はメキシコの貧しい少女たちから生活費を奪っているんだ、と。これはゲーム内のイベントじゃなかったの? 愛するゲームが抑圧と搾取の手段として使われている? わたしはどうしたらいいんだろう。
搾取工場に閉じ込められ、ほんのわずかな手間賃で1日18時間ひたすらゲーム内で経験値稼ぎやアイテム作成をやらされる途上国の子供たち。そうして手に入れた高レベルキャラやアイテムをリアルマネートレーディング(RMT)で現金化する貧困ビジネス。知らないうちにそれに加担させられていたことに気付くヒロイン。SF的に飛躍した設定はなく、現実に起きている問題をそのまま書いた作品です。
途上国での搾取についてのお説教は、正直言って想像力や真剣さに欠けていて、何だかスローガン臭く感じられるのが残念。ページの大半を費やして書かれているゲーム展開は面白く、まあナードな作家が書いたゲーム小説として気楽に読んだ方がいいかと思います。
他には、三分割して掲載された『ヒロシマをめざしてのそのそと 〈後篇〉』(ジェイムズ・モロウ)がついに完結。第二次大戦末期、二足歩行巨大爬虫類怪獣がミニチュアのトーキョーを破壊する様を見せつけることで日本の使節団を恐怖のどん底に突き落とし無条件降伏を認めさせる、という作戦の顛末がついに明らかになります。はたしてトカゲの着ぐるみと主人公の熱演は歴史を動かすことが出来るのか。
それまでのお気楽コメディタッチが、一変して沈鬱な展開になるのには驚かされました。ラストにわずかな救いが用意されているものの、内省的な暗い雰囲気のまま幕が下ろされます。モンスター映画の世界と現実、どちらの方がより馬鹿げているのでしょうか。
余談ですが、『日本SF精神史 幕末・明治から戦後まで』の長山靖生さんによる評論「僕がSFでマンガでアニメで、おたくと呼ばれた頃 -記憶のなかの80年前後SFファンダム史」が、同年代(1962年生まれ)としては、読んでいて色々とイタくて。
[掲載作品]
『無線人』(チャールズ・ストロス&コリイ・ドクトロウ)
『酔いどれマンモス』(チャールズ・ストロス)
『エインダのゲーム』(コリイ・ドクトロウ)
『ヒロシマをめざしてのそのそと 〈後篇〉』(ジェイムズ・モロウ)
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