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『からまる』(千早茜) [読書(小説・詩)]

 デビュー長篇『魚神』でいきなり泉鏡花文学賞を受賞して注目された著者による連作短篇集です。出版は2011年2月。

 これまで単行本で読んだ作品は、いずれも、時代劇、ファンタジー、寓話という側面が強かったのですが、今作は現実の社会に生きるごく普通の人々を描いた一般小説、というか恋愛小説です。

 第一話「まいまい」から、第七話「ひかりを」まで、7つの短篇から構成されており、登場人物も重複しています。例えば最初の「まいまい」の主人公は役所につとめる青年ですが、彼の同僚が第二話の主役となり、職場の上司が第三話の主役をつとめ、姉貴が第四話の主役、姉の息子が第五話の主役、そして最後に謎めいた恋人が第七話の主役となる、という具合です。

 もちろん各話で語られるエピソードも微妙に重なり合っており、全体タイトル「からまる」は、こういう各話の関係性を指していると共に、どんなに他人の干渉を嫌っても互いにからまらずには生きていけない人間のさが、という共通のテーマを暗示しているようです。

 他にも第一話と第七話、第二話と第六話がそれぞれ対になっている(同じペアの各人がそれぞれ語り手になって、二人の関係性をそれぞれの立場から描く)とか、どの作品もタイトルがひらがなで、目次をみると四文字・五文字・四文字・五文字という正確なリズムを刻んでいるとか、色々と仕掛けはありそう。

 主人公の心境を象徴する無脊椎動物の名前が出てくるのも共通点の一つです。例えば、自分の殻に閉じこもっている青年はカタツムリ、次々と男に惚れては振られてを繰り返す女性はクラゲ、といったように。

 どの話も、恋愛や友情など人間関係の機微をていねいに描いた作品となっています。人物設定やストーリー展開はごくありふれたもの。定番といってもよいでしょう。暗い話もありますが、いずれもラストに救いがあって、読後感はさわやかです。

 とにかく三冊目の単行本とは思えないほど手慣れた印象があり、作品としての完成度も高く、読んでいて安心感のある恋愛小説を求める方にはぴったりでしょう。

 ただ、この作者に対して、『魚神』でみせてくれた、あの、何というか、歪んだ純情というか、禍々しいまでの一途さというか、作品世界をそれこそ焼き尽くしてしまうほどの強烈な幻想を期待する私のような読者にとっては、少し物足りない気もします。

 ですから収録作品中では、血のつながらない兄妹のいびつな愛憎と葛藤を描いた第六話「うみのはな」がいっとうお気に入りです。人間の生と死を静かな海の底からみつめるような第七話「ひかりを」にも感動しました。「野生時代」に連載された五話よりも、この書き下ろしのラスト二話のほうが、作者らしさがよく出ていると思います。


タグ:千早茜
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