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『統ばる島』(池上永一) [読書(小説・詩)]

 沖縄の民間伝承や宗教観を題材にとった魅惑的なファンタジーを書かせたら右に出る者なしの池上永一さんが、自身の故郷でもある八重山諸島を舞台に繰り広げる物語の数々。単行本(ポプラ社)出版は2011年3月です。

 八重山諸島に属する島をそれぞれ舞台とする八つの短篇から構成された短篇集です。それぞれの話は独立しておりどこから読んでも構いませんが、ラストの『石垣島』でそれまでの短篇が互いに結びつき、一つの大きな物語になるという趣向なので、『石垣島』だけは最後にお読みください。

 八つの物語はバラエティに富んでいて、飽きさせません。現代ファンタジーがあるかと思えば、いかにも池上さんらしい沖縄マジックリアリズム小説があり、民間伝承を題材にした昔話をはさんで、小栗虫太郎ばりの人外魔境ホラーが飛び出し、さらにSF風味の伝奇小説、そして疾風怒濤の時代小説が続く、といった具合。

 それぞれの物語には、沖縄の様々な風習、伝承、民謡、音楽、舞踊、風土、景観が折り込まれており、まるで八重山諸島周遊の旅をしているような気分で読むことが出来ます。

 これだけバラバラな物語を一つに統べるだけでも凄い力業ですが、それが八重山諸島を結びつけている石垣島のイメージへと重なり、さらに昴(すばる、プレアデス)を介して天上の神々へとつながってゆく様は、舌を巻くほどの手際の良さ。

 個々の作品では、「洗骨」という風習を通じて沖縄の伝統的家族観を活き活きと描いた『小浜島』、史実を題材にとった興奮の女海賊一代記『与那国島』あたりが個人的に好み。理想郷伝説を巧みに活かした『波照間島』もなかなか。

 というわけで、時代劇連作『トロイメライ』も悪くなかったのですが、池上永一さんの短篇集の決定打というべき傑作は何といっても本書だと思います。ジャンルや時代設定にこだわらず、南国の島々に伝わる豊穣な物語を楽しみたい方であれば、どなたにでもお勧めします。

[収録作]

『竹富島』
『波照間島』
『小浜島』
『新城島』
『西表島』
『黒島』
『与那国島』
『石垣島』


タグ:池上永一
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『ラ・バヤデール、オンディーヌ』(吉田都、英国ロイヤルバレエ、NHK「プレミアムシアター」) [映像(バレエ)]

 2011年3月19日の深夜、NHK BShi「プレミアムシアター」にて英国ロイヤルバレエの公演を2本も放映してくれました。ロホ&アコスタの『ラ・バヤデール』と、吉田都さんの『オンディーヌ』です。

 まず『ラ・バヤデール』ですが、これは初めて観る舞台(市販映像が出てるらしいのですが未確認です。すいません)。ニキヤ役にタマラ・ロホ、ソロル役にカルロス・アコスタ、ガムザッティ役にマリアネラ・ヌニェスという豪華な配役なので、安心して観ることが出来ます。

 この作品、キャストによっては、神経症的で地雷っぽい「ジゼル」の嫉妬による腹いせ自殺、それで精神的に追い詰められ周囲を巻き込んで破滅する男、といった感じの陰々滅々たる復讐譚になって、観客も落ち込んだりするのですが、何しろ今回ニキヤを踊ったのはタマラ・ロホ。その明るいというか全身からにじみ出るような健全さ。

 カルロス・アコスタが踊るソロル、マリアネラ・ヌニェスが踊るガムザッティ、いずれも明朗快活な雰囲気で、じめじめどろどろしたところがなく、全体として健やかな悲恋ものになっています。いい感じ。むろん、テクニック、表現とも文句のつけようのない爽快な舞台でした。

 そもそも他人に合わせる気が最初からないと思しき英国ロイヤルバレエの群舞(個人的にはそこが好き)が、精一杯ユニゾンをとっている姿に感動する美しい「影の王国」のシーンが特に良かった。

 あと個人的に注目したのは、苦行者を踊った蔵健太さん、それから小林ひかるさんと崔由姫(Yuhui Choe、チェ・ユヒ/チェ・ユフィ)さんも活躍していました。特に崔由姫さんは後半にソロで踊るシーンがあり(なぜか小林さんにはありませんでした)、これはごく短いのですが、とても嬉しかった。

 前半ガムザッティの見せ場、ラストの旋回をびしっとキメて観客からの拍手を浴びるシーンで、マリアネラ・ヌニェスの両側に小林ひかるさん、崔由姫さんの二人、この三名が1フレームにぴたり納まっている見事な構図には、思わずこちらも拍手です。

 パリ・オペラ座版では『ラ・バヤデール』の最終幕は省略されるのですが、こちらはマカロワ版なので、きっちり最後までやります。ちなみに終演後にはマカロワさんも舞台に登場して、盛大な拍手を受けていました。その凛とした美しい立ち姿にはほれぼれします。

 偶然ながら、天変地異により神殿が崩壊するスペクタクルシーンの直前に、画面には地震速報のテロップが。「地震が発生しました」が何度も表示された後、舞台は大地震のシーンに。あまりのタイミングの悪さに、もう一度再放送を録画してそちらを保存しようと思います。再放送の予定は次の通り。NHK BS2です。

  プレミアムシアター 再放送予定
    英国ロイヤル・バレエ公演『ラ・バヤデール』、『オンディーヌ』
  NHK BS2 3月28日(27日深夜)午前0時40分~4時37分

 さて、もう一本の『オンディーヌ』ですが、こちらは市販映像を観たことがあり、それと同じものでした。この番組を録画すればブルーレイディスクを購入する必要はないかも知れません。

 というわけで感想は2010年06月04日の日記参照、ということで手抜きさせて頂きます。マーゴ・フォンテインのプロモーション作品を堂々と踊る吉田都さんの美しさ可愛らしさにノックアウトされましょう。

 ちなみに、以前にNHK「芸術劇場」(この番組も終わってしまいました。悲しい)で放映された吉田都さんの引退公演『ロメオとジュリエット』がプレミアムシアターでも放映されます。見逃していた方も、この機会にぜひどうぞ。

  プレミアムシアター 放送予定
    英国ロイヤル・バレエ公演『スケートをする人々』、『ピーターとおおかみ』
    英国ロイヤル・バレエ日本公演『ロメオとジュリエット』
  NHK BShi 3月26日 午後11時~午前3時


英国ロイヤル・バレエ公演『ラ・バヤデール』

収録: 2009年1月15日、19日(コヴェントガーデン王立歌劇場)
振付: マリウス・プティパ
改訂振付・演出: ナタリア・マカロワ
美術: ヨランダ・ソナベント
照明: ジョン・B・リード
管弦楽: コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団
指揮: ワレリー・オブジャニコフ

[キャスト]

ニキヤ: タマラ・ロホ
ソロル: カルロス・アコスタ
ガムザッティ: マリアネラ・ヌニェス


英国ロイヤル・バレエ公演『オンディーヌ』

収録:2009年6月3日、6日(コヴェントガーデン王立歌劇場)
振付: フレデリック・アシュトン
美術: リラ・デ・ノビリ
照明: ジョン・B・リード
音楽: ハンス・ウェルナー・ヘンツェ
管弦楽: コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団
指揮: バリー・ワーズワース

[キャスト]

オンディーヌ: 吉田都
パレモン: エドワード・ワトソン
ベルタ: ジェネシア・ロサート


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『あらかじめ』(小野寺修二、カンパニーデラシネラ) [舞台(コンテンポラリーダンス)]

 小野寺修二ひきいるカンパニーデラシネラ作品『あらかじめ』を観るために、夫婦で青山円形劇場に行ってきました。2009年初演作品(2009 年03月28日の日記参照)の再演というかリニューアル上演です。出演者は、有川マコトさんが中山祐一朗さんに代わりましたが、他の四名は初演時と同じ。振付・演出はもちろん小野寺修二さん。

 円形劇場なので、360度ぐるりと客席が取り巻き、あらゆる角度から見られることを想定した作品となっています。芝生を模した丸い舞台上には、机や椅子、鞄や帽子、様々な乗物玩具など数多くの小道具が散らばっており、まるでオモチャ箱をひっくり返したような雰囲気。場所がら就学前の児童も観劇 OKで、親子づれで来たと思しき観客も多く、子供たちの声が響きます。

 そこに登場した小野寺修二さん。おもむろに「被災された方々に哀悼の意を表します。そして今日ここに来てくださった方、ありがとうございました。がんばります!」と前口上を述べて下がり、こちらも身が引き締まる思い。

 作品そのものは、初演時とそう大差はないような印象でした。いくつか新しいと感じるシーケンスもありましたが、これは記憶から漏れていただけかも知れません。基本的にマイム作品で、出演者たちの見事にシンクロした動きがかみ合って、奇妙なおかしさが醸し出されます。

 いずれにせよ明確なストーリーやロジカルな展開はなく、全体的に「夢」の雰囲気を強く漂わせています。唐突かつ奇抜な場面展開などいかにも夢っぽく、おそらく五人分の夢をミックスしたものでしょう。

 奇妙なマイムが続き、乗物玩具を使ったシーンも多いので、子供たちもけっこう面白がり、ウケていたのが印象的です。子供たちって、いい年した大人が大真面目な顔で馬鹿なことをやるの大好きだよね。

 さすがに私たちは初演時に観ているので次にどう展開するのか予想がつき、おかげで出演者たちの「動き」を観ることに集中できました。きびきびとした流れるような、それでいて鋭い動きには魅了されます。特に何の「見立て」というわけでもなく全員で動き回るシーンなど、コンテンポラリーダンス作品としても素晴らしい。気持ちよい群舞です。

 というわけで、マイム、演劇、ダンスなどの要素を組み合わせて、夢というものが持っている奇妙なあの感じを見事に表現した舞台です。3月20日、21日まで公演予定がありますので、気になる方は、今からでも間に合いますので、どうかご覧ください。

[キャスト] 

作、演出: 小野寺修二(カンパニーデラシネラ)
出演: 佐藤亮介、中山祐一朗、藤田桃子、宮下今日子、小野寺修二


タグ:小野寺修二
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『小心者的幸福論』(雨宮処凛) [読書(随筆)]

 プレカリアート問題の現場に立ち、その最前線で闘っているゴスロリ姿の作家にして社会運動家。雨宮処凛さんがご自身の体験に基づいて語る、小心者が幸福になる方法。というかちょっと待って、雨宮処凛さんが小心者ってそれどういう意味ですか。単行本(ポプラ社)出版は2011年3月です。

 激しいイジメ体験から家出のようにしてビジュアル系バンド追っかけへ。自殺未遂を経て新右翼団体加入。ミニスカ右翼として街宣活動に取り組み、愛国パンクバンドを結成。北朝鮮へ飛んだり、イラクでライヴしたり、サダム・フセイン氏の長男に大統領宮殿に招待されたりしているうちに、ゴスロリ作家としてデビュー。今やプレカリアート問題の論客として大活躍。

 そんな経歴からは、大胆不敵というか、豪放磊落というか、豪傑イメージの雨宮さんですが、実はご本人は「400円割引となっていたので買った肉がレジで80円しか割引されず、店員さんに尋ねてみることなど絶対にできず、帰宅してからレシートと肉の割引表示を見比べて悶々とする」(単行本p.10 より)ような小心者なのだそうです。

 それは意外というか、ショックというか、人間不信に陥ってしまいそうというか、その店は「雨宮処凛から不当搾取した会社」の称号を手に入れたなというか、最後のは関係ありませんが、とにかく驚かされます。

 ところが本書を読み進めるうちに、ああこの人は本当に心の底から小心者なんだな、ということがしみじみ分かってきます。普通の小心者なら怖いから考えないようにしていることを、あまりに小心者であるため突き詰めてしまう。自分が生きていてもよいという自信がないあまり、考えないようにして「行動」に走ってしまう。他人が怖いからゴスロリファッションで身を守る、極端なキャラを作る。なるほど。

 そんな著者が、同じように(ただしもう少しマイルドな)小心者、この社会で生きづらさを抱えて悩んでいる読者に向けて、どうすれば心の平安を、幸福を手に入れることが出来るかを教えてくれます。

 「できるだけ好かれないように生きる」
 「比較しても意味のない人としかつきあわない」
 「治外法権な存在として生きる」
 「むりやり行動的になる」
 「友達より同志を作る」
 「自分より小心者としかつきあわない」
 「どうでもいい、を味方にする」
 「自分をむりやり正当化する」

 何だか目次を眺めているだけでも説得力を感じますが、何しろ尋常ならざる実体験に基づいた助言なので、類書とは迫力が違います。

 例えば「比較しても意味のない人としかつきあわない」という項目では、かつては友達と自分を細かいところまでいちいち比較して落ち込む比較地獄にいたが、右翼の大物や左翼の活動家のオッサン連中と知り合って、救われた、というのです。

 「彼らの前で、私が友人との微妙な差異競争に勝つために買った持ち物や服や化粧品はまったく意味をなさないどころか限りなく無価値になった。そんなことよりも彼らにとっては「革命」とか「世界情勢」とかの方が重要だからだ。(中略)私は何をどう張り合えばいいのだろう。というか、そんな競争には最初から勝てっこないし勝ちたくもない」(単行本p.35)

 そりゃそうだ、と笑いつつ、確かに彼女のケースは極端としても、自分とは全然別の価値観で生きている人とだけつるむ、というのは効果的だろうな、と納得させられます。人生相談本などは「他人といちいち比較するのを止めましょう」とお説教してくるわけですが、さすがは真の小心者。止めましょうと言われて止められるわけないことを身に沁みて分かっているため、そもそも比較しようがない状況に逃げましょう、というわけです。

 やがて革命家のオッサンたちだけでなく、社会運動をやっている人々と知り合うようになって、こんな心境に。

 「そこには「市場原理」的な価値観とはまったく別の世界があった。そして彼らは「市場原理」から弾き出されてしまった人たちの手助けを淡々としていた。そんな「優しい」人たちの姿に、私は長らく忘れていた「人への信頼」を取り戻した。人って、信じてもいいのだ、と久々に思ったのだ。そして気がつけば他人に自己責任を問うこともなくなり、そうしたら自分自身、なぜか生きやすくなっていた」(単行本p.97)

 私、社会運動というのは「社会を良くするための取り組み」だと漠然と思っていました。でも、必ずしもそれだけじゃない。生きるため、自分を肯定するため、生きやすさのため、つまり直接的に自分の幸福のために活動する、という側面もある、というかたぶんそれが中心にあるのでしょう。それって素敵じゃないですか。

 というわけで、この「競争原理」、「コミュニケーション力」、「自己啓発」といったものがやたらと幅をきかす、ほとんどの人にとって生きづらい社会のなかで、とりわけ小心者の読者が少しでも楽に生きるためのノウハウ本としてお勧めします。また、雨宮処凛さんがなぜプレカリアート問題に精力的に取り組んでいるのか、その理由というか動機を理解し、そして自分でも何らかの社会運動に加わる意義を見つける上でも意義ある一冊です。


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『黒犬』(Spファイル8号掲載作品)を公開 [その他]

 馬場秀和アーカイブに、超常同人誌『Spファイル8号』(SpF8)掲載作品『黒犬』を追加しました。

馬場秀和アーカイブ
http://www.aa.cyberhome.ne.jp/~babahide/bbarchive/

 これで8号に関する作業は全て終了。

タグ:同人誌
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