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『ぶたぶたのお引っ越し』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

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 ぶたぶたが少し笑って、そんなことを言った。笑う……ぬいぐるみなのに。
 いやいや、もう彼のことは深く考えないようにしよう。彼は怖くも変でも、不思議でもない。……いや、不思議は不思議だけど。それはどうしても否定できない。
 けど、親切で優しいお隣さんだ。
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文庫版p.122


 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、中身は頼りになる中年男。そんな山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。大好評「ぶたぶたシリーズ」は、そんなハートウォーミングな奇跡の物語。

 最新作は、引っ越しをテーマにした3篇を収録した短編集。転居によって新たな縁ができたり、縁が切れたり、それが引っ越しのドラマ。ぶたぶたが引っ越す話もあれば、ぶたぶたのお隣に引っ越す話もあります。文庫版(光文社)出版は2022年5月です。


収録作品
『あこがれの人』
『告知事項あり』
『友だちになりたい』




『あこがれの人』
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 もっと冷静に話したかったのに。でも、うちら夫婦になんの関係もない、ボランティアで来てくれたぶたぶたをダシにする言い方が気に食わなかったのだ。明らかに成美を責めるための口実を探していた彼の都合にぴったりハマっただけ。村瀬だったらそんな扱いはしなかったはずだ。小さくて弱そうで、ぬいぐるみだから利用してもかまわないと思ったのだ。
 それってとっても失礼なことだよね。
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文庫版p.38

 田舎に移住しようと前のめりになっている夫。気がすすまない妻。相談しようと考えて役所に向かった妻の前に現れたアドバイザーは、ピンクのぬいぐるみだった……。話し合うポーズだけとって実際には妻のいうことをまったく聞いてない夫というよくある状況が、ぶたぶたの存在によって揺さぶられる様子をえがいた作品。




『告知事項あり』
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 スマホであちこちに連絡している時、ふと玄関の方を見ると、白っぽい何かがすーっと動いていくのが見えた。
「えっ?」
 思わず声が出てしまう。この部屋は一階の奥から二番目の部屋で、通りすぎるとしたら奥の部屋の住人なのだが、人ではなかった。とても小さい。小さすぎる。
 こういうことか! これが「告知事項」か!
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文庫版p.71

 都会で就職するために引っ越し先を探していた若者が、「告知事項あり」の格安物件を見つける。つまり事故物件というやつらしい。気にしないたちなのでその部屋で一人暮らしを始めた若者だが、やがて隣の部屋に人ならざる何かが棲んでいることに気付く……。付き合いがないと確かに不気味な存在なので、登場人物が怖がるのも無理はないけど、読者としては笑ってしまう。




『友だちになりたい』
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 次の日、憲治とまた本屋で会う。すると、なんだか思いつめたような顔で、こんなことを言った。
「今日は、ぶたぶたさんに声をかける」
 雫は驚いた。
「うちも同じこと、君に言おうとしてた」
 ぶたぶたに訊きたいことがあったから。もう変なプライドもなくなっていた。
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文庫版p.199

 山崎ぶたぶたさんが引っ越してしまう、一度もちゃんと話したことがないのに。そんな思いを抱えた幼い少年と若い女性が出会った。それぞれに事情をかかえながら、やがて二人は思い切ってぶたぶたに声をかけることにするが……。ぶたぶたと知り合って小さな勇気をもらう、という定番パターンではなく、ぶたぶたと知り合いになりたい人々が知り合って勇気を出し合う、という意表をついた展開がさわやかな感動を呼ぶ。





タグ:矢崎存美
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