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『思考実験 科学が生まれるとき』(榛葉豊) [読書(サイエンス)]

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 しかし、自然な状態での実験、いわば「尋問による供述」ではなく、加速器実験や超高磁場での実験などのような、ベーコン流にいうなら「拷問による自白」の信憑性をどうとらえるべきなのでしょうか。人間の犯罪であったら、刑事訴訟法により証拠として採用されないでしょう。
 ある法則が妥当かどうかを拷問で問い詰めると、ほかの法則に影響して変わってしまうこともありそうです。つまり、法則を別々のものとして、一方を固定して考えてはいけない場合もあるということです。
 しかし、それでもこの方法で真理に近づくことができる、と考えるのが近代科学の心性なのです。いやむしろ、この方法によってこそ真理に肉迫できる、都合がよい理想化された状況をつくりだして拷問にかけなければ、自然は白状しない、と考えるのです。異常な状態でのふるまいにこそ自然の本性が現れるのだという感覚です。そして、さまざまなパラメーターを自在に変化させ、極限状況をつくりだすというやり方は、思考実験ならではのものです。
 思考実験でこそ、手を替え品を替え、現実にはありえないような状況も制約なしにつくりだして、容疑者を傷つけることなしに拷問にかけることができるのです。
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単行本p.43


 マクスウェルの悪魔、テセウスの船、故障した物質転送機、マッハのバケツ、ボーアの光子箱、シュレーディンガーの猫、終末論法、ニューカム問題。実際に試すのではなく、極限的に理想化された状況を想定して頭の中で実験してみる。それにより既存理論に対する批判や検証、問題提起、判断、解釈、そして教育を可能にする思考実験。これまでに試みられてきた有名な思考実験を取り上げ、その意義とその後の展開を示す本。単行本(講談社)出版は2022年2月です。




目次
第1章 思考実験を始める前に
第2章 実験とはなんだろうか
第3章 思考実験の進め方
第4章 思考実験の分類
第5章 批判と弁護のための思考実験
第6章 問題提起のための思考実験
第7章 判断や解釈のための思考実験
第8章 教育的な思考実験
第9章 意思決定と思考実験 




第1章 思考実験を始める前に
第2章 実験とはなんだろうか
第3章 思考実験の進め方
第4章 思考実験の分類
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 2010年には、日本の鳥谷部祥一・沙川貴大・上田正仁らによって、マクスウェルの悪魔の設定を実現するという注目すべき実験が行われました。(中略)「悪魔復活」というとセンセーショナルですが、この実験は、ベネットの主張が万全ではない、すなわち「情報消去」の際の熱現象は必ずしも不可逆ではないことを示して、ある意味で悪魔と熱力学第2法則の共存が可能であることを指摘したものです。沙川らは、情報熱力学と呼ばれる最新の研究の成果を採り入れて、熱力学第2法則に情報量を含めた形の不等式を導いています。マクスウェルが望んだのはまさに、このような議論が生まれてくることだったのではないでしょうか。
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単行本p.77、78

 テセウスの船、物質転送機問題。2の平方根が無理数であることを示したピタゴラス、質量と落下速度の関係を洞察したガリレオ、加速度と重力の関係を見いだしたアインシュタイン、そして熱力学第2法則を検証するために考案されたマクスウェルの悪魔。名高い思考実験を例として取り上げながら、思考実験に関する基礎知識を確認し、その分類を示します。



第5章 批判と弁護のための思考実験
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 簡単にいえば、西欧近代科学の世界観は、物事を線形的に、時間の流れに沿って順次あらわれる因果の連鎖としてとらえる「ロゴス」の感性で成り立っています。頭の中で言葉によって行われる思考も、そうなっています。ところが量子力学の論理は、なにかネットワーク的で、部分に全体が含まれているような、時間順序によらない同時的な世界観でできているのです。ブール論理に慣れた人間からするとまったく違う次元の世界であり、理解に困難を感じて当然です。(中略)
 21世紀直前まで生きたポパーは、量子力学に関する思考実験は弁護的用法が多いといい、しかもそれらのほとんどに疵があると指摘したわけですが、しかし、このように量子力学が成立した20世紀初頭に物理学者たちが直面した状況を考えてみると、その思考実験をどのような文脈で見るべきか、提出者はどのような目的だったのか、それをどのような立場の誰が見たのかは、本当にさまざまなことが考えられるように思うのです。
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単行本p.127

 ニュートンとマッハのバケツ、ハイゼンベルクのガンマ線顕微鏡、アインシュタインとボーアの光子箱。既存理論に対してその難点を指摘しようとした思考実験を取り上げて紹介します。




第6章 問題提起のための思考実験
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 ウィグナーにとっては、友人も含めた部屋全体が観測対象であり、ドアを開けるまでは、部屋の中は重ね合わせの状態です。つまり、友人も二つの状態の重ね合わせになっていて、ウィグナーが部屋を開けて友人の報告を聞いたときに初めて、どちらかに収縮するのです。(中略)フォン・ノイマンとウィグナーは、意識が波束を収縮させると考えました。すると、この思考実験ではウィグナーの友人は、観測はしていても波束を収縮できないので、意識がないということになります。友人はいつのまにか、ゾンビのようになってしまったということです。この考え方を敷衍していくと、世界には自分しか意識をもつ存在はいないという唯我論につながります。
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単行本p.159

 量子力学における状態の重ね合わせをそのままマクロな物体に適用してみる「シュレーディンガーの猫」。その猫を友人に置き換えて箱の中で「観測」をさせる「ウィグナーの友人」。そして局所実在論の立場から量子力学の矛盾を指摘しようとした「EPRパラドックス」。量子力学の解釈をめぐる問題を提起した思考実験を紹介します。




第7章 判断や解釈のための思考実験
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 その状況で考えられるさまざまな行動原理のうちから選択を迫り、選択された原理は何か、それを選択したあなたの原理は何かを問うのが、判断や解釈のための思考実験です。どの原理が正しいということはなく、立場や嗜好、倫理観などによって答えはさまざまなはずです。変化法で細かな設定や、状況そのものを変えてみたりして、あなたがその原理を選んだ理由を探るのです。もちろん、あなたではなくほかの誰かが選んだ別の原理について考察を加えることもあります。そうして、複数の原理それぞれの本質をあぶり出し、比較検討するのです。
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単行本p.174

 トロッコ問題、チューリング・テスト、中国語の部屋、量子自殺、終末論法、眠り姫問題、射撃室のパラドックス、ニューカム問題。人間の判断基準や倫理観の本質を探ろうとする思考実験を紹介します。




第8章 教育的な思考実験
第9章 意思決定と思考実験 
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 ジョン・スチュアート・ベルは、1964年に、局所実在論の要請を満たすものであれば、どんな理論でもそなえていなければならないある条件を表現した不等式を導き、その一方で、量子力学にはその不等式を満たさない場合があることを示しました。この不等式を「ベルの不等式」といいます。
 これは重大な成果で、この不等式によって、局所実在論が正しいのか、それとも量子力学が正しいのか、実験で決着をつける道筋ができたのです。その後もいろいろなタイプの不等式が発見されて、1982年のアラン・アスペの実験を皮切りにたくさんの検証実験が行われました。
 その結果、自然はベルの不等式を破っていることがわかりました。量子力学でなければ説明できないものが存在することが、疑いの余地なくわかったのです。(中略)
 しかし、数学的な推論を説明されればそのときは納得した気もするけれど、やはりピンとこない、腑に落ちないというのが、多くの人の正直なところだったようです。
 これは社会的選択理論での、「アローの不可能性定理」とどこか似たところがあります。
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単行本p.216、217

 相対性理論を説明するときの光時計、ギャンブラーの誤謬、ベルの不等式、マーミンの思考実験。人間の直感が陥りやすいポイントを浮き彫りにする思考実験を取り上げ、それを意思決定に活かすにはどうすればよいのかを探ります。





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