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『リトル・グリーンメン 〈MJ-12〉の策謀』(クリストファー・バックリー、青木純子:翻訳) [読書(小説・詩)]

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 かくして半世紀前に迷彩処理を施した飛行機がパイ皿状のきらきら光る円盤を尻にくくりつけ、ワシントン州上空を飛行するという形で始まったこの作戦計画は、やがて年間予算を何千万、何億ドルと注ぎこんだ“ブラックな”(要するに“表沙汰にできない”ということ)プログラムへと進化を遂げていった。ところがどっこい、アメリカ国民は飽きっぽかった。すぐさま課題は、いかにして国民の関心を繋ぎ留めておくか、に取って代わった。しばらくすると単に空飛ぶ円盤を目撃させるだけではすまなくなり、〈MJ-12〉はさらに手のこんだ芝居を打つ必要に迫られた。(中略)
 最初のUFO目撃情報があってから五十年以上が経ったいま、世論は盛り上がりを見せていた。アメリカ国民の8割が、政府はエイリアンについて公表した以上の情報を掴んでいると信じていた。さらによくしたことに、ニューメキシコ州ロズウェルでエイリアンが墜落死したという話を信じる国民が3割強もいた。これはかなりの成果である。しかしこれとて献身的な何千もの男女が、その間黙々と、地味で辛い任務をこなしてきたからこそなのだ。
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文庫本p.53、61

 合衆国政府の秘密機関〈MJ-12〉は「アメリカ政府はUFOやエイリアンの情報を隠蔽できるほど有能なんだぞ」と仮想敵国および自国民に信じ込ませるために半世紀前に設立された秘密機関である。今や膨大な秘密予算を消化するために〈MJ-12〉の秘密工作員たちは、UFOを飛ばすだけでなく、穀物畑を丸く刈り込んだり、家畜を屠殺して内臓を抜き取ったり、指定された国民を拉致していかがわしいことをしたり、といった地味で辛い任務を黙々とこなしていた。あまりの仕事のつまらなさにキレた一人の工作員が、人気TV番組の超売れっ子パーソナリティをエイリアンアブダクションするよう勝手に指示したことから起こる大騒動。工作員もパーソナリティも暗殺部隊から命を狙われるはめになり、そのころ煽動に乗った三百万人を超えるUFO信者の群れが首都ワシントンを襲撃しようとしていた……。
 『ニコチン・ウォーズ』の著者が、政界・メディア業界・UFOコミュニティを徹底的に茶化した抱腹絶倒のユーモア小説。文庫本(東京創元社)出版は2021年5月、Kindle版配信は2021年5月です。


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 拉致実行班とはさっさと縁を切りたかった。
 面白かったのは最初の十数件まで、その後はただの業務に成り下がった。これに携わるようになってすでに二年余り、もはや限界だった。
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文庫本p.49


 胸のすくような活躍(合衆国がエイリアンと結んだ密約を手に入れんと暗躍する敵国のエージェントと戦うとか、黒いスーツを着てUFO目撃者の自宅を訪れて脅しつけるとか)を期待して就職したのに、仕事といえば地味な汚れ仕事ばかり。仕事にうんざりした〈MJ-12〉の工作員が自棄になって仕出かした命令違反、何と勝手に人気TV番組の超売れっ子パーソナリティ、ジョン・バニオンをエイリアン・アブダクションの対象として指定したのだ。

 UFOと宇宙人と政府の陰謀について番組でしゃべりまくるようになった彼は、番組を降ろされ、妻からは離縁され、政界財界メディア界の「友人」たちからも見放されてしまう。進退窮まった彼に救いの手を差し伸べたのは、全米のUFO信者たち。あらたに立ち上げたUFO専門番組が大人気となったバニオンは、調子に乗ってUFO信者たちを煽動してワシントン大行進を企画。政府はUFOに関する公聴会を開いて真実を明らかにせよ! 叫びながら連邦議事堂に突入しようとするUFO信者たち。


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 どう見ても勝算は大きかった。バニオンは全国のUFO団体を行動に駆り立てた。誰も彼もが憤り、隊列を組んで議事堂前を目指している。推定参加人数はすでに百万を突破。バニオンはメディアを最大限に活用した。単にメディアから注目を浴びるだけでなく、バニオンがメディアを動かした。三大ネットワークのニュースキャスターたちが生中継のためにワシントン入りすることになったのだ。(中略)なにしろ参加人数が推定二百万を突破し、テレビ生中継の視聴者は何千万人にもなると言われているのである。
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文庫本p.308、322


 どんどんエスカレートする大騒ぎに、ついにホワイトハウスも動かざるを得ない事態に。


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「たまたま見つけたある数字をお耳に入れておきましょう。1947年、ロズウェルにエイリアンが飛来したと信じている国民は、総人口の3分の1以上。また、国民の80パーセントが――いいですか、80パーセントですよ――政府はエイリアンについて何か知っていて、そのことを隠していると思っているんです」
「馬鹿言っちゃいけないよ」
「J.F.ケネディは政府に殺されたと信じて疑わぬ国民が75パーセント。つまり、連中は頭のネジがいささか緩んでいると言ってしまえばそれまでですが、でもそういう人たちが選挙権を持っているわけですから」
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文庫本p.313


 事態の引き金をひいた工作員は〈MJ-12〉から命を狙われ、必死で逃亡するうちに、同じくバニオンも暗殺のターゲットとなっていることを知る。全部自分のせいだ(そりゃそうだ)、バニオンを助けなければ。何とかして彼に警告を伝えよう。

 はたして暗殺者の攻撃をかわしつつ全米メディアの注目を集めているバニオンに接触することなど可能なのか。可能だとして、これはすべてインチキなんだ、と告げて信じてもらえるのか。信じてもらえたとして、全米から続々と集結しつつある怒れる群集をどうするのか。事態はもう誰にもコントロールできないところまで暴走しつつあった……。

 というわけで、UFOと宇宙人、というか主にエイリアン・アブダクションをテーマにしたユーモア小説です。大統領からUFOコミュニティの内幕までリアルに描く手際はさすが『ニコチン・ウォーズ』の著者だけのことはあります。登場人物も、オシャレなアブダクティーのための女性誌『コスモスポリタン』の編集者ロズ・ウェルとか、ロズウェル極秘調査チームのマーフルティット大佐とか、エイリアン・アブダクションの専門家バート・ハプキン博士とか、ちょっとUFOまわりに詳しい読者ならニヤリとする人物が次々に登場します。

 そして本書の発表(1999年)から20年ほど後に、元人気テレビ番組司会者による煽動に乗った陰謀論者たちが合衆国議会議事堂を襲撃するという事態が本当に起きてしまったわけです。事実は小説より情けない。





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