『ダチョウ力 愛する鳥を「救世主」に変えた博士の愉快な研究生活』(塚本康浩) [読書(サイエンス)]
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取材で、「ダチョウの研究を続けるなかで、いちばんの苦労は何ですか?」とたずねられたときには、僕は迷わず「凶暴なダチョウを相手にすること」と答えてきた。
ダチョウに近づかなければ、襲われることはないが、そういうわけにはいかない。抗体の入った卵を産ませるには、メスのダチョウに抗原であるウイルスのたんぱく質を打つ必要があるからだ。(中略)ダチョウを捕まえるときには物干しざおなどを片手に、五~六人でターゲットのダチョウを追いかける。
追われるほうのダチョウは壁に向かって逃げ、追いつめられるとくるりと向きを変えるため、襲うつもりはなくても、Uターンしたときに追いかけている人間と正面衝突してしまうことがある。
ダチョウは走るときに、足を前方に蹴り上げる。正面衝突すると、足で蹴り上げられた人間のほうは地面にたたきつけられる。さらにダチョウはひっくり返った人間のことなど無視して百キロを超える体重で踏みつけて去って行く。
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単行本p.96、98
新型インフルエンザ予防用の「ダチョウマスク」を開発した研究者がダチョウ研究について語るサイエンスエッセイ。『動物のお医者さん』(佐々木倫子)を思い出さずにはいられない一冊。単行本(朝日新聞出版)出版は2009年3月、Kindle版配信は2020年11月です。
〔目次〕
第1章 ダチョウは不死鳥?
第2章 博士、ダチョウを飼う
第3章 大発見! ダチョウの卵パワー
第4章 ダチョウ抗体が恐怖のウイルスを退治する!
第5章 人類を救うダチョウの底力
第1章 ダチョウは不死鳥?
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もしかしてダチョウは世界を制覇していたのではないだろうか。真剣にそう考えることがある。身長は2.5メートルを超える。巨体から振り降ろすキック力、時速60キロを超える俊足、年間に100個もタマゴを産む高い生殖能力、60年も生きる生命力――。46億年の地球の歴史の中で、ダチョウが天下をとっていれば、進化の過程で人類が勃興していたかどうかは疑わしい。
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単行本p.8
ダチョウ主治医としてダチョウ牧場にやってきた鳥類大好き研究者である著者。そもそもダチョウってどんな鳥なのか。その驚くべき治癒能力など知れらざるダチョウの生態にせまる。
第2章 博士、ダチョウを飼う
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大学の畜舎でダチョウを飼いはじめたことは大学の職員の間でも知れわたるようになった。「それはまたけったいな」というのが大方の感想だろう。同僚の研究者たちからは「どんな研究をするんですか」とよく聞かれた。そんなときは「好きなんですよ~。研究とか言わんと大学で飼えないじゃないですか」と正直に答えてはいけない。
冷静かつ知性的に「ダチョウのホルモン分泌の研究です。ニワトリの伝染性気管支ウイルスの解明につながると見込んで……」と話した。たいていは「おもしろそうな研究ですね」と言いつつもクビをかしげて去って行ったが、こうでも言わなければ命取りである。
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単行本p.61
ダチョウを飼いたいという夢をかなえるために、ニワトリからダチョウへと研究テーマを変えた著者。大学の畜舎でダチョウを飼育することが出来たものの、養育費の捻出、脱走事件など、苦労が絶えない。
第3章 大発見! ダチョウの卵パワー
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ウサギやラットで生産される抗体は1グラムあたり数億円もする。これに対してダチョウ卵の抗体は1グラムあたり十万円。湯水のごとくというとオーバーかもしれないが、格安で大量生産できるので、フィルターやマスクのような工業製品にまで用途を広げることができ、しかも製品コストを下げられる。あえて自画自賛するなら、ダチョウ卵から抗体を発見したのは画期的であり、その抗体の大量生産化は革命的な開発といっても差し支えないと思う。
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単行本p.122
ダチョウに抗原を注射して抗体を作らせ、それを卵から抽出する。そうすれば安価で大量に新型インフルエンザ抗体が手に入るのではないか。だがそもそもダチョウに注射を打つところから、卵から抗体を抽出するまで、苦労の連続だった。
第4章 ダチョウ抗体が恐怖のウイルスを退治する!
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2008年11月19日は人生のなかで忘れられない日となった。その日、僕はインドネシアの首都ジャカルタから車で三時間ほど南に下ったボゴール市郊外のボゴール農業大学ウイルス研究所にいた。(中略)
研究所には感染者から採取した高病原性鳥インフルエンザウイルスの「H5N1」が保管されている。幸い日本ではまだ感染して発症した患者は出ていない。だが、インドネシアでの致死率は約80%。2009年2月中旬までに判明しているだけで、141名が感染し、そのうち115人の住民の命を奪ったじつに恐ろしいウイルスだ。
僕たちは患者から採取したウイルスでダチョウ抗体の効果を確認する実験を行うために、はるばる京都から一日がかりで赤道直下にあるこの大学までやってきた。
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単行本p.126、127
ダチョウの卵から抽出した抗体がはたして実際に新型インフルエンザに効果があるのか。検証のために高病原性鳥インフルエンザ発生地域に飛び、危険な実験に挑む著者。
第5章 人類を救うダチョウの底力
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いま、ダチョウが有史以来、はじめてスポットライトを浴びている。2008年10月某日の朝、ダチョウ抗体マスク開発のニュースがNHKで放送された。その直後から、研究室の電話は鳴りっぱなし。新聞社、テレビ局、雑誌の取材依頼はもちろん、ウイルス対策で一攫千金を狙う企業からも続々と電話が入った。その日は電話の応対以外は何もできなかった。いちばん困ったのは大阪のおばちゃんだ。「どこで買ったらええの」と聞くので、通販での購入方法を教えてあげると「まけてくれへん」と言い張って、電話を切ってくれない。
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単行本p.187
ついにダチョウ抗体マスクとして製品化の目処がたった。だが研究は続く。ダチョウ抗体納豆から、ネコのヘルペス治療薬、ダチョウオイル、そしてガンの診断や治療まで。人類を救うかも知れないダチョウパワーの未来を語る。
取材で、「ダチョウの研究を続けるなかで、いちばんの苦労は何ですか?」とたずねられたときには、僕は迷わず「凶暴なダチョウを相手にすること」と答えてきた。
ダチョウに近づかなければ、襲われることはないが、そういうわけにはいかない。抗体の入った卵を産ませるには、メスのダチョウに抗原であるウイルスのたんぱく質を打つ必要があるからだ。(中略)ダチョウを捕まえるときには物干しざおなどを片手に、五~六人でターゲットのダチョウを追いかける。
追われるほうのダチョウは壁に向かって逃げ、追いつめられるとくるりと向きを変えるため、襲うつもりはなくても、Uターンしたときに追いかけている人間と正面衝突してしまうことがある。
ダチョウは走るときに、足を前方に蹴り上げる。正面衝突すると、足で蹴り上げられた人間のほうは地面にたたきつけられる。さらにダチョウはひっくり返った人間のことなど無視して百キロを超える体重で踏みつけて去って行く。
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単行本p.96、98
新型インフルエンザ予防用の「ダチョウマスク」を開発した研究者がダチョウ研究について語るサイエンスエッセイ。『動物のお医者さん』(佐々木倫子)を思い出さずにはいられない一冊。単行本(朝日新聞出版)出版は2009年3月、Kindle版配信は2020年11月です。
〔目次〕
第1章 ダチョウは不死鳥?
第2章 博士、ダチョウを飼う
第3章 大発見! ダチョウの卵パワー
第4章 ダチョウ抗体が恐怖のウイルスを退治する!
第5章 人類を救うダチョウの底力
第1章 ダチョウは不死鳥?
――――
もしかしてダチョウは世界を制覇していたのではないだろうか。真剣にそう考えることがある。身長は2.5メートルを超える。巨体から振り降ろすキック力、時速60キロを超える俊足、年間に100個もタマゴを産む高い生殖能力、60年も生きる生命力――。46億年の地球の歴史の中で、ダチョウが天下をとっていれば、進化の過程で人類が勃興していたかどうかは疑わしい。
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単行本p.8
ダチョウ主治医としてダチョウ牧場にやってきた鳥類大好き研究者である著者。そもそもダチョウってどんな鳥なのか。その驚くべき治癒能力など知れらざるダチョウの生態にせまる。
第2章 博士、ダチョウを飼う
――――
大学の畜舎でダチョウを飼いはじめたことは大学の職員の間でも知れわたるようになった。「それはまたけったいな」というのが大方の感想だろう。同僚の研究者たちからは「どんな研究をするんですか」とよく聞かれた。そんなときは「好きなんですよ~。研究とか言わんと大学で飼えないじゃないですか」と正直に答えてはいけない。
冷静かつ知性的に「ダチョウのホルモン分泌の研究です。ニワトリの伝染性気管支ウイルスの解明につながると見込んで……」と話した。たいていは「おもしろそうな研究ですね」と言いつつもクビをかしげて去って行ったが、こうでも言わなければ命取りである。
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単行本p.61
ダチョウを飼いたいという夢をかなえるために、ニワトリからダチョウへと研究テーマを変えた著者。大学の畜舎でダチョウを飼育することが出来たものの、養育費の捻出、脱走事件など、苦労が絶えない。
第3章 大発見! ダチョウの卵パワー
――――
ウサギやラットで生産される抗体は1グラムあたり数億円もする。これに対してダチョウ卵の抗体は1グラムあたり十万円。湯水のごとくというとオーバーかもしれないが、格安で大量生産できるので、フィルターやマスクのような工業製品にまで用途を広げることができ、しかも製品コストを下げられる。あえて自画自賛するなら、ダチョウ卵から抗体を発見したのは画期的であり、その抗体の大量生産化は革命的な開発といっても差し支えないと思う。
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単行本p.122
ダチョウに抗原を注射して抗体を作らせ、それを卵から抽出する。そうすれば安価で大量に新型インフルエンザ抗体が手に入るのではないか。だがそもそもダチョウに注射を打つところから、卵から抗体を抽出するまで、苦労の連続だった。
第4章 ダチョウ抗体が恐怖のウイルスを退治する!
――――
2008年11月19日は人生のなかで忘れられない日となった。その日、僕はインドネシアの首都ジャカルタから車で三時間ほど南に下ったボゴール市郊外のボゴール農業大学ウイルス研究所にいた。(中略)
研究所には感染者から採取した高病原性鳥インフルエンザウイルスの「H5N1」が保管されている。幸い日本ではまだ感染して発症した患者は出ていない。だが、インドネシアでの致死率は約80%。2009年2月中旬までに判明しているだけで、141名が感染し、そのうち115人の住民の命を奪ったじつに恐ろしいウイルスだ。
僕たちは患者から採取したウイルスでダチョウ抗体の効果を確認する実験を行うために、はるばる京都から一日がかりで赤道直下にあるこの大学までやってきた。
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単行本p.126、127
ダチョウの卵から抽出した抗体がはたして実際に新型インフルエンザに効果があるのか。検証のために高病原性鳥インフルエンザ発生地域に飛び、危険な実験に挑む著者。
第5章 人類を救うダチョウの底力
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いま、ダチョウが有史以来、はじめてスポットライトを浴びている。2008年10月某日の朝、ダチョウ抗体マスク開発のニュースがNHKで放送された。その直後から、研究室の電話は鳴りっぱなし。新聞社、テレビ局、雑誌の取材依頼はもちろん、ウイルス対策で一攫千金を狙う企業からも続々と電話が入った。その日は電話の応対以外は何もできなかった。いちばん困ったのは大阪のおばちゃんだ。「どこで買ったらええの」と聞くので、通販での購入方法を教えてあげると「まけてくれへん」と言い張って、電話を切ってくれない。
――――
単行本p.187
ついにダチョウ抗体マスクとして製品化の目処がたった。だが研究は続く。ダチョウ抗体納豆から、ネコのヘルペス治療薬、ダチョウオイル、そしてガンの診断や治療まで。人類を救うかも知れないダチョウパワーの未来を語る。
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