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『裏世界ピクニック5 八尺様リバイバル』(宮澤伊織) [読書(SF)]

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 仁科鳥子、私のことめちゃめちゃ好きじゃん……。
 いや、わかってた。わかってたけど。本人の口からも言われてたし、今さらだけど。
 もう、なんか、ほんとに。鳥子は私のことが好きなんだ。
 鳥子の目に映る私は、かわいくて、強くて、頼りがいがあって、頭がよくて、放っておけなくて……私が自分で思っているより、すごく魅力的に思えた。
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文庫版p.142


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知をこえる超常現象や危険な存在、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第5巻。文庫版(早川書房)出版は2020年12月、Kindle版配信は2020年12月です。

 タイトルからも分かる通りストルガツキーの名作『路傍のピクニック』をベースに、ゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』の要素を取り込み、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。

 もともとSFマガジンに連載されたコンタクトテーマSFだったのが、コミック化に伴って「異世界百合ホラー」と称され、やがて「百合ホラー」となり、「百合」となって、ついには故郷たるSFマガジンが「百合特集」を組むことになり、それがまた予約殺到で在庫全滅、発売前なのに版元が緊急重版に踏み切るという事態に陥り、さらにはTVアニメ化され、ジュニア版が出版され、あまりのことに調子に乗ったSFマガジンが再び百合特集を組んだら発売前にまたもや緊急重版(いまここ)。もうストルガツキーやタルコフスキーのことは誰も気にしない。

 ファーストシーズンの4話は前述の通りSFマガジンに連載された後に文庫版第1巻としてまとめられましたが、セカンドシーズン以降は各話ごとに電子書籍として配信。ファイル5から8は文庫版第2巻、ファイル9から11は文庫版第3巻に収録されています。その後もファイル12から15を書き下ろしで収録した文庫版第4巻が昨年末に出版され、年末には裏世界が出るという新たなにっぽんの風物詩。今年もまた無事に第5巻が出版されました。既刊の紹介はこちら。


2017年03月23日の日記
『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2017-03-23

2017年11月30日の日記
『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2017-11-30

2018年12月17日の日記
『裏世界ピクニック3 ヤマノケハイ』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-12-17

2019年12月26日の日記
『裏世界ピクニック4 裏世界夜行』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-12-26


 というわけで、ファイル16から19を収録した第5巻です。相変わらず怪異に付け狙われているのに、何だか二人でいちゃつくのに忙しい、という感じです。うん。


[収録作品]

『ファイル16 ポンティアナック・ホテル』
『ファイル17 斜め鏡に過去を視る』
『ファイル18 マヨイガにふたりきり』
『ファイル19 八尺様リバイバル』




『ファイル16 ポンティアナック・ホテル』
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 裏世界の廃墟のラブホで一夜を明かした際、私たちは世に言うラブホ女子会がどういうものかについて議論を戦わせた。二人とも実際の経験がないので、限りなくどうでもいい、虚無の議論だった。その勢いで、つい私が口走ったのだ。
「こんな廃墟でやるやつじゃない、ほんとのラブホ女子会に行ってやるよ!」
「わかった。じゃあ行こう」
「え? マジで言ってる?」
 というわけで、そういうことになったのだ。
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文庫版p.21

 主要キャラクター五人が連れ立ってラブホ女子会で騒ぐ、という二次創作めいた話。ところが空魚は途中から記憶が消えており、どうやらかなりヤバいことをしでかしてしまったらしいのだが……。しばらく読んでなかった読者やはじめての読者も想定したとおぼしき登場人物紹介編。汀、潤巳るな、まで総出演です。


『ファイル17 斜め鏡に過去を視る』
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 正直、ちょっと安心したことは否定できない。実は大学ではめちゃめちゃ友達が多くて、明るいキャンパスライフを送っていたりしたらどうしようと密かに心配していたのだ。常日頃から垣間見えていた鳥子の人見知りっぷりからして、まずそんなことはないだろうとは思ったけど、一人でご飯を食べているところを見て、私はほっとしてしまった。
 この子、普段大学でどういう生活してるんだろう。
 出逢ってけっこう経つような気がするけど、鳥子がどんな人間なのか、こういう形で興味を持ったのは、これが初めてかもしれない。
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文庫版p.96

 鳥子の通う大学に潜入した空魚は、ひょんなことから表世界と裏世界の間、中間領域に落っこちてしまう。鳥子の協力を得て脱出しようとする過程で、彼女は過去の出来事を鳥子の視点から見ることになる。視点人物でないためこれまでいまひとつよく分からなかった鳥子の内面をちら見する作品。


『ファイル18 マヨイガにふたりきり』
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 綺麗すぎるし、整いすぎてる。今まで裏世界で出くわした建造物は、表世界から持ってきてそのまま廃墟化したような場所や、作りかけて変なところで放置した「建物もどき」ばかりだった。この屋敷は違う。どこに目を向けても、メンテナンスが行き届いている。
 他の場所と違って、怪しい様子は何もない。一見、周囲から隔絶された安全地帯のようにすら思える。それなのに落ち着かない。危険を示す兆候はないはずなのに、どうにも居心地が悪い……。
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文庫版p.179

 裏世界探検中に出くわした謎の屋敷。人の気配はないのに室内はきれいに整っており、囲炉裏には火がついている。これは古典的なマヨイガに違いない、と気づいた空魚と鳥子は、せっかくだからマヨイガ滞在を堪能するのだったが……。


『ファイル19 八尺様リバイバル』
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 小桜が顔を覆って、頭をふるふると振った。
「なんでこうなっちまったんだろうな、あたしの人生……」
「小桜さん?」
「この広い家に一人だけで、来るのは人の気持ちがわからないイカれた女ばかり……」
「猫とか飼うとかどう?」
「あ、お茶でも入れてきましょうか?」
「はあー……」
 深々とため息をついて、小桜が天井を仰いだ。
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文庫版p.244

 「ファイル2 八尺様サバイバル」の続編。八尺様にやられて消息をたった肋戸(百合世界とは無縁にストルガツキーの原典に忠実に〈ストーカー〉していたストイックな男)の妻がやってきて、夫から連絡があったので捜索してほしい、と二人に依頼する。ファイル2の現場を再訪した二人の前に、というか背後に、再び八尺様の姿が……。色々と新展開のための仕込みを感じさせる第5巻最終話。





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