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『短篇ベストコレクション 現代の小説2020』(日本文藝家協会:編) [読書(小説・詩)]

 2019年に各小説誌に掲載された短篇から、日本文藝家協会が選んだ傑作を収録したアンソロジー。いわゆる中間小説を軸に、ミステリ、ホラー、SF、警察小説など、幅広く収録されています。文庫版(徳間書店)出版は2020年6月です。


[収録作品]

『カモメの子』(阿川佐和子)
『緑の象のような山々』(井上荒野)
『ファイトクラブ』(奥田英朗)
『みみずロケット』(柿村将彦)
『ミサイルマン』(片瀬二郎)
『くもなまえ』(北原真理)
『密行』(今野敏)
『春雷』(桜木紫乃)
『夜の子』(佐々木愛)
『遭難者』(佐々木譲)
『本部長の馬鈴薯 北海道京極町・新美農場』(龍羽麻子)
『若女将になりたい!』(田中兆子)
『娼婦と犬』(馳星周)
『変容』(村田沙耶香)
『エルゴと不倫鮨』(柚木麻子)




『みみずロケット』(柿村将彦)
――――
 そして亜子ちゃんはぽつぽつ話をしてくれる。聞いてみると、しかし話は想像したのとちょっと違った。広い意味では当たっていたが、肝心な部分がかなり違った。
「なんて言うか、その人ライギョなんですよ」
 ……なんですと?
――――
文庫版p.158


 かつての教え子がストーカー被害にあっているらしい。相談を受けた元先生は、ストーカーの正体がライギョだと聞いて困惑する。ライギョじゃなあ。外来種だっけ。タイトルにある「みみず」や「ロケット」のたとえが印象的な作品。




『ミサイルマン』(片瀬二郎)
――――
「だからあ、彼はミサイルマンだったんですよ!」
 とたんに脳裏に、寮の部屋のなか、窓のそばに立って、宴会の余興みたいなかっこうのわりに、ひどくおびえているみたいだった姿がよみがえった。
 あれは〈ミサイルマン〉っていうのか……
 名前がわかったからといって問題が解決したわけじゃなかった。解決の糸口さえつかめていなかった。
――――
文庫版p.230


 外国人労働者を不法にこき使っている会社で、これまでずっと真面目に働いていたンナホナという男が無断欠勤した。叱り飛ばしに社員寮に赴いた上司は、宴会芸のコスプレみたいな変な装備を着けて、おびえているンナホナを発見する。そのとき本国から指令が入り、轟音と共に発射されたンナホナは大空を飛びながら戦闘モードにチェンジ。彼はミサイルマンだったのだ。風刺炸裂する愉快な作品。




『夜の子』(佐々木愛)
――――
「なんでも、どんなに短いのでもいいから、毎日書いてお見舞いに持ってきて。だって、あと二カ月しかないんだから」
 そういう本があったことを思い出した。余命を宣言された妻のため、毎日一編ずつショートショートを書いて贈った作家が、その体験を綴った本だ。ベストセラーになっていたが、実話だからこその避けられない結末があった。夜子は知っていて話しているのだろうか。
――――
文庫版p.363


 スランプに苦しみ一行も書けないでいる作家。入院した妻が、医者からあと二カ月と宣言されたと告げる。だからそれまで毎日作品を書いて贈ってほしい、あと二カ月しかないのだから、と。眉村卓ネタだと思わせておいて、すぐに「あと二カ月」というのは出産予定日のことだと明かされるが、しかし妻は真剣。つられて作家も、あと二カ月のうちに作品を書かないと何かが手遅れになってしまう気分になってゆく。作品の産みの苦しみが巧みに表現されていて感心させられます。




『変容』(村田沙耶香)
――――
 夫は穏やかに微笑んでいる。確かに最初から彼は温厚な人だったが、これほどだっただろうか。変容したのだろうか。いつの間に?
 私は世間から遮断されているうちに、変容しそびれてしまったのかもしれない。
――――
文庫版p.647


 介護のため引きこもっていた語り手が社会復帰したところ、いつのまにか世間から「怒り」という感情が消えていることに気づいてショックを受ける。怒りや苛々するという気持ちを理解できず、どんな理不尽も穏やかに受け入れてなもむ人々。っていうかなもむって何。自分だけが変容しそこねてしまったのか。疎外感に苦しむ語り手は自分と同じく怒りを手放していない知人を見つけだして、二人で怒りテロを決行するが……。世の中の「普通」があまりにたやすく変わってしまうことへの違和感を突き詰め、陰謀論のその先まで突き進む印象的な作品。




『エルゴと不倫鮨』(柚木麻子)
――――
 薄暗い店内が、彼女主役の舞台に様変わりして、東條はますます居心地が悪くなってくる。照明の下で見ると、髪はボサボサで目の周りはクマで縁取られ、青ざめた肌に化粧けは全くない。疲れ切っている上に、若くもなく、むくんでいる。美しいところの全くない女だった。それなのに、少しも引け目に思っていなさそうなところに、東條は腹が立った。店中の視線を集めているのに、母親は平気な顔で喋り出した。
「私、鮨もワインも口にするのが一年九ヶ月ぶりなんです。今から四時間前についに夜間授乳が終わったんです」
――――
文庫版p.711


 小金持ちの俗物が若い女を連れてきてお持ち帰りすることが主目的の「高級」料理店。鼻持ちならないスノッブの巣窟に、突如、育児中の母親というまったく場違いな女が闖入してくる。周囲の視線を気にもせず、鮨とワインをがばがば摂取。その生命力あふれる姿、そこらのグルメ気取りの男などとうていかなわないほどの知識、下世話なのにあふれる人間的魅力。たちまち店内を掌握してしまった母親を何とかして追い出そうとする男たちに、連れの女たちが反旗を翻す。場違いなのは女口説くことしか考えてないお前らなんだよ。痛快グルメ小説。





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