『出張料理人ぶたぶた』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]
――――
「驚かせて申し訳ありません。わたし、おとといお電話でお話ししました山崎ぶたぶたと申します。ぬいぐるみです」
声はぬいぐるみの方から聞こえる。鼻がもくもくっと動いている。
「マジで……?」
混乱しすぎているのか、普段使わないようなことを言ってしまう。すると、
「マジです」
と答えが。
なんだろう、この状況。どうしたらいいの?
――――
文庫版p.114
見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、中身は頼りになる中年男。そんな山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。大好評「ぶたぶたシリーズ」は、そんなハートウォーミングな奇跡の物語。
最新作は、料理人ぶたぶたがご家庭を訪問しておいしい料理をふるまってくれる四つの物語を収録した連作短編集。文庫版(光文社)出版は2020年6月です。
ぶたぶたシリーズの読者ならみんな、近所にぶたぶたのカフェやレストランがあればいいのになあ、と思うものです。しかし実際にそうなら通うかと妄想のギアを上げてゆくと、忙しくて暇がない、他の客もいるのをリアルに想像すると意外に面倒、着替えて外出する気力もない、などの理由から、あーもういいからぶたぶたうちに来い、わたしのために料理を作ってわたしのために掃除洗濯して面倒な手続きとか全部やって、わたしのためにわたしだけのためにお金ならあるお金なんていくらでも出すから今すぐかもーんこいこいぶたぶた、とか絶叫するようになるわけです。いや別に隠すことはありません。
そういう方に個人的にお勧めなのは、ベビーシッターやハウスキーパーといった自宅にぶたぶたがやってきて家事をてきぱき片づけて料理を作ってくれる「おうちでぶたぶた」シリーズ。最新作もこのシリーズの一作で、出張料理人、ハウスキーパー、パーティ企画、葬儀後の会食手配という具合に「おうちでぶたぶた」を満喫できます。あとがきによると作者も意識してシリーズ展開をしているそうです。
――――
さて、今回の「出張料理人」というテーマですけれど、実はこれ続編というか、長年書き続けているシリーズ中のシリーズというべきテーマです。
古くはシリーズ第一作『ぶたぶた』(徳間文庫)の一編目――つまり、ぶたぶたが初登場した「初恋」から。ベビーシッターとしてやってきたぶたぶたの短編でした。その時の会社がハウスキーパーもやり初め(『ぶたぶたは見た』)、アイドルのボディガードも引き受け(徳間文庫『ぶたぶたの花束』「ボディガード」)、今回は出張料理人となった、ということなのです。手広く商売をしているぶたぶたです。
――――
文庫版p.222
[収録作品]
『なんでもない日の食卓』
『妖精さん』
『誕生日の予定』
『通夜の客』
『なんでもない日の食卓』
――――
「なんだろう……リセットできるっていうのかな」
「リセット?」
「いや……ちょっと違うかもしれない。けど、なんか……それまでのことが浄化されるというか……そっちの方がちょっと近いかな」
聞いてますますわからなくなった。だが「そこまで特別なのか」とも思った。そして、それの代わりを務めるのも怖くなった。
「どんな予定なの?」
「大したことはしないよ。出張料理人を頼んでるの」
――――
文庫版p.11
出張料理人を頼んでいるので無駄にしたくないから来てほしい。体調を崩してしまった友人からそう頼まれた語り手。やって来た出張料理人はピンク色のぶたのぬいぐるみだった。おうちに山崎ぶたぶた氏がやってくる導入話。
『妖精さん』
――――
今夏音に必要なのは、寝ている間に何もかもやってくれる妖精みたいなものだ。靴屋の小人みたいなの。来てほしいな、妖精さん。このぐちゃぐちゃな家の中を片づけてほしい。ごはん作ってほしい。ほったらかしにしていることをみんなどうにかしてほしい。
でも、そんな非現実的なことはありえない。夏音は今一人だし、全部一人でやらなくちゃならない。
それが現実なのだ。
――――
文庫版p.66
どんなに働いても誰からのお礼もない、それどころか嫌なことばかりの毎日。もう何もかもやってくれる妖精さんがうちに来たらいいのに。そう思いながら疲れ切って眠り込んだ語り手のもとに、本当に妖精さんがやって来る。え、これって夢だよね。多くの読者の共感を呼ぶ感動作。
『誕生日の予定』
――――
「あの、どうしてもパーティはやりたいんです。サプライズじゃなくて、娘にはちゃんと日にち確認してみます」
「そうですか。わたしも本音を言えばサプライズはおすすめしません」
「どうしてでしょう」
「わたしが出ていく場合に限りますと、必然的にサプライズみたいになるので、あんまり意味がないからです」
――――
文庫版p.134
娘との間に微妙な距離を感じて悩んでいる母親が、少しでも近づくためにバースデーパーティを開催しようと考える。企画の打ち合わせに訪れた担当者は、ピンク色のぶたのぬいぐるみ。打ち合わせを進めるうちに、自分がこれまで娘のことを知ろうともしてこなかったという重い事実に向き合うことになった彼女は……。
『通夜の客』
――――
「そういえば、ぶたぶたさんとおばあちゃんはどんな関係なの?」
宣寿が伯父にたずねる。
「ぶたぶたさんは元々ベビーシッターやハウスキーパーの会社をやってて、その顧客がばあちゃんだったんだ」
「えっ!?」
統吾を含め、いとこたちが全員目を丸くする。
「そんなビジネスライクな関係だったの!?」
「なんだと思ってたんだ、お前たちは」
みんなで顔を見合わせる。子供だったから、もっとファンタジーな関係だと思っていた。家についている妖精とか座敷童子とか――お手伝いをしてくれる不思議な存在だとばかり。
――――
文庫版p.199
祖母が亡くなった。葬儀に出席した語り手は、参列者のなかにピンク色のぶたのぬいぐるみを見つけて子供の頃のことを色々と思い出す。親戚が集まった席でぶたぶたさんが作ってくれた料理の数々。子供の頃は妖精のような存在だと思っていたぶたぶたと話すことで、彼は人間関係や仕事というものについて学んでゆく。
「驚かせて申し訳ありません。わたし、おとといお電話でお話ししました山崎ぶたぶたと申します。ぬいぐるみです」
声はぬいぐるみの方から聞こえる。鼻がもくもくっと動いている。
「マジで……?」
混乱しすぎているのか、普段使わないようなことを言ってしまう。すると、
「マジです」
と答えが。
なんだろう、この状況。どうしたらいいの?
――――
文庫版p.114
見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、中身は頼りになる中年男。そんな山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。大好評「ぶたぶたシリーズ」は、そんなハートウォーミングな奇跡の物語。
最新作は、料理人ぶたぶたがご家庭を訪問しておいしい料理をふるまってくれる四つの物語を収録した連作短編集。文庫版(光文社)出版は2020年6月です。
ぶたぶたシリーズの読者ならみんな、近所にぶたぶたのカフェやレストランがあればいいのになあ、と思うものです。しかし実際にそうなら通うかと妄想のギアを上げてゆくと、忙しくて暇がない、他の客もいるのをリアルに想像すると意外に面倒、着替えて外出する気力もない、などの理由から、あーもういいからぶたぶたうちに来い、わたしのために料理を作ってわたしのために掃除洗濯して面倒な手続きとか全部やって、わたしのためにわたしだけのためにお金ならあるお金なんていくらでも出すから今すぐかもーんこいこいぶたぶた、とか絶叫するようになるわけです。いや別に隠すことはありません。
そういう方に個人的にお勧めなのは、ベビーシッターやハウスキーパーといった自宅にぶたぶたがやってきて家事をてきぱき片づけて料理を作ってくれる「おうちでぶたぶた」シリーズ。最新作もこのシリーズの一作で、出張料理人、ハウスキーパー、パーティ企画、葬儀後の会食手配という具合に「おうちでぶたぶた」を満喫できます。あとがきによると作者も意識してシリーズ展開をしているそうです。
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さて、今回の「出張料理人」というテーマですけれど、実はこれ続編というか、長年書き続けているシリーズ中のシリーズというべきテーマです。
古くはシリーズ第一作『ぶたぶた』(徳間文庫)の一編目――つまり、ぶたぶたが初登場した「初恋」から。ベビーシッターとしてやってきたぶたぶたの短編でした。その時の会社がハウスキーパーもやり初め(『ぶたぶたは見た』)、アイドルのボディガードも引き受け(徳間文庫『ぶたぶたの花束』「ボディガード」)、今回は出張料理人となった、ということなのです。手広く商売をしているぶたぶたです。
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文庫版p.222
[収録作品]
『なんでもない日の食卓』
『妖精さん』
『誕生日の予定』
『通夜の客』
『なんでもない日の食卓』
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「なんだろう……リセットできるっていうのかな」
「リセット?」
「いや……ちょっと違うかもしれない。けど、なんか……それまでのことが浄化されるというか……そっちの方がちょっと近いかな」
聞いてますますわからなくなった。だが「そこまで特別なのか」とも思った。そして、それの代わりを務めるのも怖くなった。
「どんな予定なの?」
「大したことはしないよ。出張料理人を頼んでるの」
――――
文庫版p.11
出張料理人を頼んでいるので無駄にしたくないから来てほしい。体調を崩してしまった友人からそう頼まれた語り手。やって来た出張料理人はピンク色のぶたのぬいぐるみだった。おうちに山崎ぶたぶた氏がやってくる導入話。
『妖精さん』
――――
今夏音に必要なのは、寝ている間に何もかもやってくれる妖精みたいなものだ。靴屋の小人みたいなの。来てほしいな、妖精さん。このぐちゃぐちゃな家の中を片づけてほしい。ごはん作ってほしい。ほったらかしにしていることをみんなどうにかしてほしい。
でも、そんな非現実的なことはありえない。夏音は今一人だし、全部一人でやらなくちゃならない。
それが現実なのだ。
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文庫版p.66
どんなに働いても誰からのお礼もない、それどころか嫌なことばかりの毎日。もう何もかもやってくれる妖精さんがうちに来たらいいのに。そう思いながら疲れ切って眠り込んだ語り手のもとに、本当に妖精さんがやって来る。え、これって夢だよね。多くの読者の共感を呼ぶ感動作。
『誕生日の予定』
――――
「あの、どうしてもパーティはやりたいんです。サプライズじゃなくて、娘にはちゃんと日にち確認してみます」
「そうですか。わたしも本音を言えばサプライズはおすすめしません」
「どうしてでしょう」
「わたしが出ていく場合に限りますと、必然的にサプライズみたいになるので、あんまり意味がないからです」
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文庫版p.134
娘との間に微妙な距離を感じて悩んでいる母親が、少しでも近づくためにバースデーパーティを開催しようと考える。企画の打ち合わせに訪れた担当者は、ピンク色のぶたのぬいぐるみ。打ち合わせを進めるうちに、自分がこれまで娘のことを知ろうともしてこなかったという重い事実に向き合うことになった彼女は……。
『通夜の客』
――――
「そういえば、ぶたぶたさんとおばあちゃんはどんな関係なの?」
宣寿が伯父にたずねる。
「ぶたぶたさんは元々ベビーシッターやハウスキーパーの会社をやってて、その顧客がばあちゃんだったんだ」
「えっ!?」
統吾を含め、いとこたちが全員目を丸くする。
「そんなビジネスライクな関係だったの!?」
「なんだと思ってたんだ、お前たちは」
みんなで顔を見合わせる。子供だったから、もっとファンタジーな関係だと思っていた。家についている妖精とか座敷童子とか――お手伝いをしてくれる不思議な存在だとばかり。
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文庫版p.199
祖母が亡くなった。葬儀に出席した語り手は、参列者のなかにピンク色のぶたのぬいぐるみを見つけて子供の頃のことを色々と思い出す。親戚が集まった席でぶたぶたさんが作ってくれた料理の数々。子供の頃は妖精のような存在だと思っていたぶたぶたと話すことで、彼は人間関係や仕事というものについて学んでゆく。
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