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『小説版 韓国・フェミニズム・日本』(チョ・ナムジュ、松田青子、デュナ、西加奈子、ハン・ガン、深緑野分、イ・ラン、小山田浩子、パク・ミンギュ、高山羽根子、パク・ソルメ、星野智幸) [読書(小説・詩)]

 『文藝』2019年秋季号の特集小説に書き下ろしを追加した短編小説アンソロジー。単行本(河出書房新社)出版は2020年5月です。


〔収録作品〕

『離婚の妖精』(チョ・ナムジュ)
『桑原さんの赤色』(松田青子)
『追憶虫』(デュナ)
『韓国人の女の子』(西加奈子)
『京都、ファサード』(ハン・ガン)
『ゲンちゃんのこと』(深緑野分)
『あなたの能力を見せてください』(イ・ラン)
『卵男』(小山田浩子)
『デウス・エクス・マキナ』(パク・ミンギュ)
『名前を忘れた人のこと Unknwn Man』(高山羽根子)
『水泳する人』(パク・ソルメ)
『モミチョアヨ』(星野智幸)




『離婚の妖精』(チョナムジュ)
――――
「とにかくさ、君は不幸な奥さんたちを助ける離婚の妖精じゃないんだし……」
「ウンギョンさんが不幸せに見えたから救い出したんだと思う?」
「違う?」
「私の気持ちを、丁寧に、事細かに、正確に説明したところで、あなたには理解できないはずなの。それはあなたの理解が足りないからでもあなたが悪いからでもない。初めからそうできているの」
――――
単行本p.37


 自分のもとを去っていった元妻が、他の夫婦の離婚に尽力したという。文句をつけにきた相手の男に会ってみると、いかにもありふれた女性蔑視クズ。これじゃ離婚されるのも無理はないと思いつつも、じゃ自分はどうなのか、いやそれより元妻はどういうつもりで他人様の家庭に口出ししたのか。離婚の妖精でもきどっているのか。疑問に思った語り手は再開した元妻にわけをきいてみるが、「あなたには理解できない」と言われる。


『桑原さんの赤色』(松田青子)
――――
「そういうことじゃないのよ」
 桑原さんは言い、つまらなそうに夜野を見た。
「この色じゃないと駄目」
「え、なんでですか?」
「いつもこういう気分だから」
――――
単行本p.56


 バイト先の上司である桑原さんは、いつも赤いアイシャドウをしていた。なぜなんだろう、と不思議に思う語り手。女が常に戦闘モードでいることを強いられる世間というものをいやというほど知っている桑原さんと、まだよく分かっていない若い女性のすれ違いを描いた短編。


『追憶虫』(デュナ)
――――
 この感情が彼女自身のものだということが、ありうるのだろうか? ありえないことではなかった。そうだったらなぜいけないのか、私はそんなに血も涙もない存在かしら? けれども、脳と目の間に隠れている米粒ほどの宇宙生命体が、細い神経ネットワークを私の脳のあちこちで展開していることが確認されたのなら、その生命体のせいと考えた方がいいのではないだろうか。
 だとしたら、この感情は誰から来たものなのか。
――――
単行本p.71


 以前の宿主が抱いた感情を次の宿主に「感染」させる追憶虫。寄生されてしまった語り手は、ある女性に強い愛情を感じて止まらなくなる。これは自分自身がもともと持っていた感情か、それとも追憶虫による症状なのか。だとしたら、以前の宿主は誰か。相手の女性に対してこれほどまでに強い執着と、そしてストーカー的行動をとっていた人物。
 不思議な設定で語られるロマンス小説。


『ゲンちゃんのこと』(深緑野分)
――――
 私はあの日の夜、父が急に不機嫌になったことを思い出した。私はぬか漬けとキムチの違いがわからなかった。ぼーちゃんに言われても、まだわからない。ただひとつわかるのは、この違いを嫌悪して振るわれる暴力が、学校にも、私の家族の中にさえあり、ゲンちゃんと家族はそれと闘っているのだ。ずっと。それなのに私は無邪気すぎて、こうやって教えてもらうまで、気づくことさえできてなかった。
――――
単行本p.167


 友達のゲンちゃんが喧嘩で大怪我をして入院した。なぜいつもゲンちゃんは集団で暴力を振るわれるのか。どうして周囲の大人たちはそれをなかったことにしてしまうのか。はじめて差別というものに触れ、それが存在する世界に生きることの意味を予感する子供の心を丁寧に描いた作品。


『卵男』(小山田浩子)
――――
 足を早めようとした途端、不意に目の前に高い壁が現れました。その壁がぐらりと揺れた気がしてぎょっと足を止めると、それは卵で、卵が、むき出しの白い卵が、間に赤茶色の段ボールのようなものを挟んで積み上げられていて、それが誰かの手によって運ばれているのでした。うみたてかなにかなのか、ゆで卵なのか、塩卵温泉卵、パックに入っていない卵は無防備で、それがしかも縦に何段か、ざっと十段くらい横にもそれくらい積まれた状態で人々が、手に手にカゴや袋を持った人々が歩いている中を素手で運ばれているのです。運んでいるのは真っ青なジャンパーを着た中年男性で、ふらりふらり揺れるような足取りでどこかへ歩き去って行きました。
――――
単行本p.188


 韓国の市場で見かけた卵男。むきだしの卵を積み上げて出来た壁を運んでいた卵男。一年後に韓国を再訪した語り手は、再びその姿を目にする。現実なのか、幻覚なのか。奇妙な存在感を持つ「壁」を描いた作品。


『デウス・エクス・マキナ』(パク・ミンギュ)
――――
 僕はだるさを感じ
 部屋に上がっていくとすぐに眠った。
 長時間ではなかったが
 休暇をもらった会社員だけがとることのできる
 深い眠りだった。
 神はそのあいだに降りてこられた。
――――
単行本p.204


 あるとき神が地上に降臨する。背丈が1700キロメートルくらいあるので身体の大部分は大気圏より上にあったけど。神は人間のことなど気にもかけないで、まず空腹を満たすためにニュージーランドを食べてしまい(かわいそうなニュージーランド)、それから性欲を満たすためにアメリカをレイプする(かわいそうなアメリカ)。どうやら世界は終わるらしい。いかにもパク・ミンギュらしい作品。


『名前を忘れた人のこと Unknwn Man』(高山羽根子)
――――
 そんなことは本人にきいてみないとわからないのに、あるいはそれさえも、きいて本当のことを知ることができるかどうかわからないのに、当時の私が彼にとって敵である可能性を持ったまま、彼に痛かったか、怖かったか、とたずねてしまうことが恐ろしかったからかもしれない。自分が悪者の側に立ってしまっている、というこちら側の勝手な心配ごとのせいでもある。
 知らないでいようとすることが、表面上は無実に思える弱さと無知と、わずかのやさしさで成り立っていたとしても、この先そんな気持ちを抱えたままであれば、私がいったいどうなってしまうのか、今ももちろん、これからもずっと恐ろしいままだ。
――――
単行本p.258


 韓国の民俗博物館で見かけた工芸品を目にしたとき、語り手は名前も顔も思い出せない一人の芸術家のことを思い出す。集団と集団の歴史が個人にどのように影響するのかをとらえた作品。





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