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『茶匠と探偵』(アリエット・ド・ボダール、大島豊:翻訳) [読書(SF)]

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 この作品集はド・ボダールが十年来書きつづけている「シュヤ (Xuya)」宇宙を舞台にした中短篇から選んで独自に編んだものだ。(中略)
 シュヤ宇宙に属する作品はデビュー翌年の2007年以降、2009年を除いて毎年書き続けている。現在31篇あり、5篇の作品が、ネビュラ賞3回、ローカス賞1回、英国SF協会賞2回、英国幻想文学大賞を1回受賞している。さらに半分にあたる15篇は、主な年刊ベスト集のどれかに収録されている。(中略)
 このシリーズの各篇はどれをとっても極めて水準が高く、凡作と言えるものすら無いといっていい。今回と同程度の質の作品集は軽くもう一冊できる。というよりも、いずれは全作品を、これから書かれるであろうものも含めて、紹介したいし、またする価値はある。
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単行本p.402、403、407


「このシリーズの各篇はどれをとっても極めて水準が高く、凡作と言えるものすら無いといっていい」
 はるかな遠い未来、銀河に広がったヴェトナム華僑の子孫たちは、星々と深宇宙を舞台に様々な物語を紡いでゆく。恒星間文明としてのアジア文化圏を描く「シュア宇宙」シリーズ、待望の傑作選。単行本(竹書房)出版は2019年12月、Kindle版配信は2019年12月です。


〔収録作品〕

「蝶々、黎明に墜ちて」
「船を造る者たち」
「包嚢」
「星々は待っている」
「形見」
「哀しみの杯三つ、星明かりのもとで」
「魂魄回収」
「竜の太陽から飛びだす時」
「茶匠と探偵」




「船を造る者たち」
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「あとどれくらい」
「もって一週間」産匠の顔が歪んだ。「船は用意ができていなければなりません」
 ダク・キエンの口の中に苦いものが湧いてきた。船は作られるわけではない――翡翠の彫刻同様、後で修正は効かないし、見落としがあってもならない。ダク・キエンとそのチームは船をゾキトルの子宮にいる肝魂専用に設計した。帝国の錬金術師たちからわたされた仕様書を基にして、ゾキトルが抱えている存在を形作っている気質、視覚器官、それに肉体の微妙なバランスをとっていた。船は他の誰の言うことも聞かない。ゾキトルの肝魂だけが御魂屋を把握し、船を加速し、高速の星間航行が可能になる深宇宙へ船を導くことができる。
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単行本p.62


 星間文明を支えている宇宙船、それは単なる機械ではない。人間の母親から産み落とされる肝魂を中核として構成される意識ある船。それが生きて正気を保ったまま深宇宙を航行することが出来る唯一の存在、有魂船なのだ。
 急ピッチで進められてきたある造船プロジェクトが大きなトラブルに見舞われる。肝魂の早産により、完成デッドラインが大幅に早まってしまったのだ。有魂船の設計は特定の肝魂専用なので、もし出産に間に合わなければすべてが台無しになってしまう……。


「星々は待っている」
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 ラン・ニェンは両手がつるつる滑ることに、だしぬけに気がついた。心臓は胸の中で、狂ったように早鐘を打っている。鐘の気が狂ってしまったようだ。
「そうだね、時間だ」
 どこからどう見ても、これからやろうとしていることは狂気の沙汰だ。いかに隔離された部分とはいえ、異邦人宙域に侵入し、いかに軽いものとはいえ、船の損傷を修理しようというのだ。
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単行本p.120


 敵対勢力が支配する領域に侵入し、撃破された有魂船を修理して脱出する。それはあまりにも危険な作戦だった。しかし、やらなければならない。船は自分の大叔母さんなのだ。親族は助けなければならない。どんな代償を払うことになるとしても。


「形見」
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 あの叔母さんたちが何者か知らない、なぜあの叔母さんたちがあそこへ行け、ここへ行けと指図するのかわからない、タン・ハーが亡くなった祖母に孝行するように、自分も孝行しているだけだ、ただ、つないでいるものは愛でも子としての義務でもない、もっとずっと品下がるものだ――強欲と脅迫と何もかも失うことへの恐怖だ。しかし嘘をつくことで叔母さんたちに金をもらってもいる。そこで嘘をつく。
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単行本p.172


 人が死んだときに残されるメモリーチップ。そこには生前に体験したことの記憶と、本人の疑似人格が記録されている。それを敬うのは子孫の努めである。だが、語り手は遺族からチップを取り上げ、それを謎めいた組織に横流しするという悪事に手を染めている。恥じるべき犯罪行為。だがあるとき、警察にマークされていることに気づいた語り手は、誰を裏切り、何を犠牲にするのか、決断を迫られることになる。


「魂魄回収」
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 そしてある時、テュイの娘キム・アンのように、最後のダイブに殺され、遺体となってあそこに、闇の中に取り残されることになる。それがダイバーの宿命で、いずれそうなることは覚悟の上ではある。けれどもキム・アンは自分の娘だ――死んだ時には立派な大人だったが、それでもいつまでもテュイの小さな娘であることは変わらない――そしてキム・アンの遺体のことを思うと、テュイの世界はぼやけ、縮こまる。娘の体は、深宇宙の、人類とは相いれない冷たい寂しいところに何ヶ月も漂っているのだ。
 それももう長くはない。今度のダイブはキム・アンが死んだところまで戻るからだ。これが最後の夜、友人たちと呑むのもこれが最後だ。それから娘に再会するのだ。
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単行本p.252


 有魂船に乗らず、わずかな防護装備だけで深宇宙に「潜り」お宝を回収してくる危険な仕事、ダイバー。だが自分の娘は帰還できなかった。深く潜り過ぎたのだ。遺体が深宇宙を漂ったままにしておくことは出来ない。語り手は帰還不能深度にある娘の遺体を目指し深宇宙にダイブする。


「茶匠と探偵」
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「人生はわかりやすいものでも、シャレたものでもない」
「あなたの話では人生はわかりやすくてシャレたものに聞えます。ほんの断片的な証拠から推理をするところですが」
「私の推理かね。それは勘違いだ。世界は混沌としていて、意味などは無い。ただ空間をうんと小さなものに限れば、筋を通すことも時には可能になる。何もかもがなんらかの意味をもつように見せかけることがね」
 竜珠は茶をすすった。《影子》も茶をすすった。家族の追憶とぬくもりに胸が満たされるのにまかせる。わずかなものにしても、慰めではある。
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単行本p.399


 戦争で深い心の傷を負い、深宇宙への突入に耐えられなくなった有魂船。今は深宇宙航行時に正気を保つための薬用茶の調合で生活している。そんな有魂船に依頼をしてきた探偵を自称する謎の人物。巻き込まれた不可解な殺人事件。警察に任せておけばいいのに勝手に捜査を開始し、手伝えと言ってくる探偵にいらだつ有魂船。だが探偵が深宇宙の深いところで遭難したとき、船は決意を固める。もう一度あそこに戻るのだ。友人のために。





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