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『傘の眠り』(伊藤悠子) [読書(小説・詩)]

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小さな傘が飛んでいく
茶色に青みが指した傘
でもあんな小さな傘 だれが差すの?
それとも鳥?
茶色に青みが指した鳥?
風に任せるしかない もうそういう鳥
――――
『小さな傘が飛んでいく』より


 うつくしい愛鷹山の風景、季節ごとの自然のありさまを、活き活きとした言葉で描写する詩集。単行本(思潮社)出版は2019年9月です。


――――
梔子(くちなし)の花が梔子の木のうえで
白い盥(たらい)になって回っている
白とは言いきれない
梔子の白ではない
わずかに緑も
わずかに茶色も だから
白っぽい盥になって回っている
盥のなかにも梔子だろう
巣に帰るのを忘れた蟻は動転しているだろう
――――
『夜の盥』より


――――
お先に
どうぞ先に行ってください
年取った者同士、行き当たりばったり声かけあっていく
ここ共同の坂道の先にあるのは
なんだろう
ひゅうひゅう
ひゅうひゅう
風か、息か、私ひとりの
それぞれたったひとりの
――――
『共同の坂道』より


 自然や季節の描写がうつくしい作品が並びます。背後には愛鷹山。もうこれが最後かも知れないと思いつつ眺める景色。季節ごとの景色。


――――
真夏の真昼
灼熱のベランダで
蝉がひっくり返っていた
脚をばたつかせ
ひたっと
止むこともある
大きくて手ではつまめない
板でそっと挟んで
庭に移そうとしたら
ひらりと
飛んで行った
――――
『そこに』より


――――
山を掃いても何にもならないけれど
なんだか静かでよい
ぼんやりぼんやり向こうの山をながめたり
あれは愛鷹山 こう書いて
あしたかやまと呼ぶ山をながめたり
あしたはあるのかと思ったり
私にはなくても愛鷹山にはあしたはあると望みをかけたり
休み休みふり返ってこうして掃いても何にもならないことを確かめて
さっき陽の当たる坂道を内股で歩いていた猫は上品だったなど思い出している
秋って静かで退屈だとよい
――――
『山を掃く』より


――――
窓を斜めに白いものが横切って
煙突から煙といっしょに舞いあがった灰だろうと思ったら
左からも真正面からもくるので
忘れていたことを思い出すように

裸木の枝先にも
鹿が林に落としていった黒い木の実のようなものにも
次から次へと雪は止まっていき
見えなくなった尾根のあたりはきっと吹雪いて
常緑樹と積もった雪の行列は今は消えているでしょう
雪が降れば雪だけの日になりました
――――
『山春春』より


――――
ノボロよ、ノボロ
今日もゆくか
白い白いユキヤナギがたなびく下を
いっしょに渡ってゆこうか
春だよ、春
――――
『今日も』より



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