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『SFマガジン2019年12月号 テッド・チャン『息吹』刊行記念特集/小川隆追悼』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2019年12月号の特集は「テッド・チャンの第二短編集刊行」および「小川隆追悼」でした。


『巣』(ブルース・スターリング:著、小川隆:翻訳)
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「あなたたちは幼い種族で、自分たちの賢さをたいそうあてにしている。つねのことだが、知性が生き残るための特質ではないことがわかっていないのだよ」
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SFマガジン2019年12月号p.72


 ハキリアリのコロニーのように、専業特化した個体群が役割分担することで繁栄し、多くの小惑星に巣を広げてきた〈群体〉。調査研究のためと称して巣に入り込み、遺伝情報を盗み出そうと企てた「工作者」のエージェントは、〈群体〉が持つ驚くべき防衛メカニズムを起動させてしまう。
 宇宙に進出し繁栄している種族は、高い「知性」や「自意識」を持っているはず、という私たちの思い込みをひっくり返して見せた往年の名作。


『金色の都、遠くにありて〈後篇〉』(ジーン・ウルフ:著、酒井昭伸:翻訳)
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「山脈が!」スーは大きく目を見開いていた。「ビル、あそこに山脈が見える! この一帯には山脈なんてないのに。千キロ以内には山脈なんてないのに」
「そのとおりだよ」ふたたび、彼は歩きだした。
「いくの?」
「うん」と彼は答えた。「ぼくはいく」
「それなら、わたしもいっしょにいくわ」
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SFマガジン2019年12月号p.115


 眠るたびに夢の続きを見る少年。夢の中で、彼は遠くに見える金色の都を目指して歩いている。現実で出会った人や犬が夢の中に現れ、夢の中で起きた出来事は現実を変えてゆく。
 夢と現の区別が次第に曖昧になってゆき、やがて現実が夢に溶けてゆき夢だけが残る幻想的な作品。


『博物館惑星2・ルーキー 第九話 笑顔の写真』(菅浩江)
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「なんて言うのかな、学芸員の直感? 笑顔の写真家なのに、このところはいい笑顔が撮れてないように感じる。さらっと見るだけなら判らないと思うよ、普通に笑ってる顔だし。でも、笑みのてっぺんが撮れてないっていうのかな。シャッターチャンスをわずかに逃しちゃったような……」
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SFマガジン2019年12月号p.228


 既知宇宙のあらゆる芸術と美を募集し研究するために作られた小惑星、地球-月の重力均衡点に置かれた博物館惑星〈アフロディーテ〉。その開設50周年イベントの準備が進められていた。記録のために選ばれたのは「笑顔の写真家」と呼ばれる高名な写真家。だが、どうも様子がおかしい。
 というところで〈前編〉は終了。〈後編〉は次号掲載予定だそうです。


『オムファロス』(テッド・チャン:著、大森望:翻訳)
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 現在から遡って数えていくと、いちばん古い成長輪は、8912年前に形成されました。それ以前に、成長輪はありません。わたしは聴衆に向かってそう説明しました。なぜならそれこそ、主よ、あなたがこの世界を創造された年だからです。
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SFマガジン2019年12月号p.295


 神による天地創造は、神が私たちのことを見守っていることの証拠になるだろうか。創造説が科学的真実である宇宙で、ひとりの考古学者がむかえた信仰の危機。天文学が明らかにした神の真実とは。
 キリスト教世界観と科学的世界観の相剋というテーマを思考実験によって掘り下げてゆく作品ですが、神に対する祈りと語りかけという形式が、内容に深く関わってくるあたり、さすが『あなたの人生の物語』の作者だけのことはあります。


『2059年なのに、金持ちの子(リッチ・キッズ)にはやっぱり勝てない――DNAをいじっても問題は解決しない』(テッド・チャン:著、大森望:翻訳)
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 成功者はみんな、努力でそれを勝ちとったのだと主張することができた。遺伝子強化は子どもたちの未来を向上させると富裕層の親が信じているという事実は、以下のことを示している。すなわち、彼らは、自分の成功が自分の能力の結果であると信じ込み、それゆえ、能力こそ成功への鍵だと考えている。
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SFマガジン2019年12月号p.319


 低所得層の子どもたちに遺伝子強化による知能向上を施すという遺伝子平等プロジェクト。それは格差の固定を防ぐための施策だったが、うまく機能しているとは言い難い。なぜだろうか。
 社会問題をテクノロジーによって解決しようとする試みがたいていうまくゆかない理由を扱った短編。


『死亡猶予』(ピーター・トライアス:著、中原尚哉:翻訳)
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「――限定的な戦闘がこの三日間で十八回ありましたが、戦死者は報告されていません。頭部を失ったり、完全に心停止して、医学的にも物理的にも死亡しているはずなのに、全員が生存しています。世界じゅうの科学者と医療者の団体は困惑しています」
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SFマガジン2019年12月号p.334


 誰も死ななくなるという不具合が発生。現実修正を仕事にしている主人公は、生死に関わる不具合を修正する担当者がいることに気づく。
「黄泉ポータルの不調で次元断層が発生し、現実がおかしくなって光のスペクトルから赤が消えた。融合接着反応弾を二発使ってなんとか問題を解決した」というような文章をさらりと書いてしまうところがピーター・トライアス。



タグ:SFマガジン
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