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『死の海 「中河原海岸水難事故」の真相と漂泊の亡霊たち』(後藤宏行) [読書(オカルト)]

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 この悲劇は事故と呼ぶにはあまりにも複雑で、多くの疑問と謎を抱え込む事態となった。それはなぜか。理由はふたつある。
 ひとつは、学校の授業中に起こった事故であったがゆえに、学校側、特に引率の教員の責任が厳しく問われ、裁判となったこと。
 もうひとつは、溺れて意識を失った女子生徒のひとりが、海中より異形の「女たち」が現れ、「自分を海に引きずり込んだ」と証言したことで、「怪談」がクローズアップされ、さまざまな因縁話を吸い寄せる引力を有してしまったことである。(中略)海の向こうから波間をぐいぐいと進み近づいてくる、「防空頭巾の亡霊」たちの鮮烈なイメージは、今なお私たちの中にある。
 なぜあの怪談がこれほどまでに、今も私たちをとらえて離さないのか。
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単行本p.21、25


 昭和30年7月28日、三重県津市の中河原海岸で起きた事故。中学生36名が溺死するという大惨事はどうして起こり、またその後の展開はどのようなものだったのか。そして今なおささやかれる「怪談」が流布した経緯、その真相とは。徹底した取材を通して「中河原海岸水難事故」の全貌を明らかにした一冊。単行本(洋泉社)出版は2019年8月です。


 波間から現れた防空頭巾姿の女たちが、水泳授業中の子供たちの足をつかんで水の中に次々と引きずり込んだ。後から調べたところ、その海岸はまさに戦争中に空襲で多くの人が死んだ場所だった……。子供のころ、水木しげる氏や、つのだじろう氏の漫画で読んで、その恐ろしさに震え上がったあの「怪談」。その真偽を含め、中河原海岸水難事故とその後の顛末について、詳細に取材したルポです。


 「怪談」の件についてはNHKの番組『幻解!超常ファイル』で取り上げられた回を観て、ああやっぱり真相はそんなとこか、と納得していたのですが、番組の取材に同行し出演もした著者は、あの番組で無視された事実も暴いてゆきます。


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 私は、NHK BSプレミアムのドキュメンタリー番組『幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー』で2017年9月に放送された〈File-22 「戦慄の心霊現象 追求スペシャル」〉の取材協力をした。きっかけは、本書のベースとなる記事を読んだ担当プロデューサーからの依頼だった。
 そして、私は同番組で梅川弘子さんへの取材をアテンドし、取材の際にも同席した。
 取材の席で梅川さんが話した内容は、まさに臨死体験そのものだった。
 私はその話を聞いて、思わず言った。
「ちょっと待って、これ大変なことじゃないですか。臨死体験ですよね? 全部ひっくり返るかもしれない」
 だが、スタッフからは「静かにしてください」と言われ、オンエアーでもその臨死体験について語られた部分はすべてカットされていた。(中略)メディアの人間たちは、彼女の臨死体験を聞いているにもかかわらず、黙殺し、記事にする者は誰もいなかった。
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単行本p.206


〔目次〕

第1章 スケープゴート
第2章 「防空頭巾の亡霊」はどこからやってきたのか
第3章 法廷の記録と事故原因
第4章 水難事故の黒い影
第5章 週刊誌の記事がすべての発端だった
第6章 決裂と重い十字架
第7章 女子生徒たちを海に引きずり込んだ「亡霊」の正体
第8章 あの日、彼女は何を見たのかーー真実の告白
終章 水難事故と震災




第1章 スケープゴート
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 当時の日本人の、津市民の感情に必要だったのは、事故原因の究明ではなく、速やかにして鮮やかな解決だった。悪の実態が要求された。投石できる悪の顔が。
 その最も手早く、そしてパズルのピースが合うがごとく理想的な解決が、「教員の責任」だったのではないだろうか。
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単行本p.67


 事故の後、教員たちの責任があまりにも早く、そして過酷なほどに厳しく問われたのはなぜか。水難事故にいたる経緯と直後の反応を概観します。


第2章 「防空頭巾の亡霊」はどこからやってきたのか
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 まず、昭和20年の大空襲で、戦火を逃れ海に入り、溺れて亡くなった避難民100名は存在しなかった。
 彼らも、また空襲で焼死した市民の遺体も、中河原海岸には埋められていない。のちに行われた大規模工事においても、遺骨は発見されていない。(中略)中河原海岸水難事故と戦時中の悲惨な出来事の数々との間には、「直接的な関連はない」と結論せざるを得ない。
 だが――だからこそ、私は改めて問わねばならない。(中略)
 誰もが疑うはずの、この世の者ならぬ、亡霊たちが女生徒たちを溺れさせたという怪談話を、誰が、いかなる目的で活字にしたのか。
 結果として、街の中と外にその怪談が拡散していったのはなぜか。
 さらに、以後も繰り返し繰り返し、悲惨な水難事故としてではなく、「防空頭巾の亡霊」が現れる物語として、よみがえり続けるのは、なぜなのか――。
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単行本p.112、113、114


 あの怪談の根拠とされた事実は本当なのか。丹念な取材により、怪談が流布されていった経緯とその真相を明らかにします。


第3章 法廷の記録と事故原因
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 私は、事故について予測不能だったという関係者の言が虚言とは思わない。(中略)いずれも生徒たちを哀悼し、愛児たちの不慮の死に苦しむ遺族への同情を誰もが持っていただろうことは確かだ。それは疑いようのない事実である。
 ただし、15年の長きにわたり遺族と争った空虚な時間については、今後も津市行政史の汚点となる異常な「事件」と呼ばれても仕方ないだろうと思われる。
 何がそうさせたのか、結局のところはわからないにしても――。
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単行本p.154


 学校、市行政、遺族を巻き込んだ裁判は、なぜ判決まで15年を要するほどこじれたのか。そこで明らかにされた事実は何だったのか。裁判記録をたどります。


第4章 水難事故の黒い影
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 水難事故の不可視な影響は、ひたひたと広がっていった。
 マスコミの論調、特に教員の逮捕と起訴、遺族と市の裁判は、まるで緞帳のように、重く暗く市民の上に垂れ落ちた。
 事故に関わった人ばかりではなく、直接関わらなかった人たちの人生にも、水難事故は深甚な影響を与え、暗い影を落とし続け、今日に至っている。
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単行本p.160


 事故が残した影響、特に心理的な影響はどのようなものだったのか。「怪談」の提示と流布の背景となる当時の状況を再現してゆきます。


第5章 週刊誌の記事がすべての発端だった
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 私はこのタイミングで、つまり刑事裁判は決着し、3教員は悪人ではなくなり、民事裁判で遺族と市が対立して、津の街が険悪な空気に包まれていたこの状況で、精緻に練られた『女性自身』の怪談話が登場したことに、目に見えない作為を感じるのである。
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単行本p.212


 なぜ「怪談」は語られなければならなかったのか。その狙いはどこにあったのか。怪談の登場と流布が持つ意味を改めて見直してゆきます。


第6章 決裂と重い十字架
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 物事の因果関係は、すべてが判決のように合理的・論理的とはならない。
 ただ、漁師たちが皆、金銭をめぐる自分たちの主張がほんの少し違っていたら、あるいは子供たちは、皆元気に長生きできたのではないだろうか……どこかでそう思い続けていたことだけは確かである。(中略)学校関係者や市の教育行政に携わる人々のように、公然と批判されたり、罪を公式に問われなかった津漁協の漁師たちもまた、水難事故の重い十字架を背負って、その後の人生を生き、死んでいったのである。
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単行本p.240、241


 当日、漁協が監視のために船を出していたら、あれだけの大惨事は防げたのではないか。そうならなかった事情を探ってゆき、これまで語られることのなかった漁師たちの立場を掘り下げます。


第7章 女子生徒たちを海に引きずり込んだ「亡霊」の正体
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 戦争で、空襲で亡くなった人はたくさんいる。
 にもかかわらず、中河原水難事故で海から現れる異形の者たちは、「女たち」であった。そして、「防空頭巾」をかぶり、「もんぺ」を身につけていた。
 なぜ、女たちであったのか、なぜ防空頭巾ともんぺであったのか――。
 ここで私たちには、中河原水難事故とその後の混乱を俯瞰的に、あたかもひとつのテクストを読むように眺める必要が生じるのである。
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単行本p.256


 犠牲者も、亡霊も、全員が「女」だった。それはなぜなのか。どんな意味があるのか。怪談の背後に隠された心理を読み解いてゆきます。


第8章 あの日、彼女は何を見たのかーー真実の告白
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 ただあえていえば、NHKの取材時にも取材陣は「亡霊など見ていません」と彼女にはっきり明言させることに腐心していたのも事実である。
 だからこれまでは、彼女が「防空頭巾の亡霊」を見ていたことにしたいにせよ、見なかったことにしたいにせよ、取材する側の意図や目論見が、いわば威圧的に介在してきたわけである。
 番組制作に目的がある以上、仕方のないこととはいえ、私はそうしたあらゆるバイアスから解放された状態で、中西さんと話をしてみたかったのである。
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単行本p.288


 果たして事故を生き延びた彼女は、波間に何を見たのか、あるいは見なかったのか。これまで「あらかじめ用意されたシナリオ」に沿った発言をさせようと誘導あるいは威圧してきたマスコミ取材をいったんリセットし、シナリオなしに本当の話を聞くために、著者はインタビューを申し込みます。そこで語られた真実とは。



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