『地球をめぐる不都合な物質 拡散する化学物質がもたらすもの』(日本環境化学会) [読書(サイエンス)]
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私たちの日々の生活は、便利で役に立つさまざまな化学物質に支えられています。毎日の生活で利用されている化学物質の数は、実に5万種類とも10万種類ともいわれています。そのうち10分の1程度の化学物質は、年間1000トンを超える量で製造され、出荷されています。
(中略)
たとえ毒性があっても、自然界や生体内ですぐに分解されたり、自然環境の中で次第に薄まっていく物質であれば、その影響は狭い範囲にしか及びません。POPs(残留性有機汚染物質)が厄介なのは、ひとたび環境中に放出されると、なかなか分解されず、はるかかなたまで移動し、そこで生態系の上位の生物の体内に濃縮されて、有害な影響を示す可能性がある点です。
(中略)
低濃度での長期暴露の影響に関する研究は困難で、科学的に未解明な部分も多く残されています。しかし、わからないからといって何の対策もとらないと、被害が拡がってしまい、毒性が明らかになった時点では、回復不能な打撃を与える危険性があります。
忘れてはならないのは、ストックホルム条約に登録されているPOPsは、意図したにせよ非意図的にせよ、人類が作りだした物質である、ということです。すなわち、放置することなく、人類が責任を持ってその解決にむけて努力しなければなりません。
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新書版p.13、18、19
「解決に向かうどころか、一層深刻化していた!」
化学物質による環境汚染問題は、いまどのような状況にあるのか。環境残留性、生物濃縮性、毒性、越境移動性などやっかいな性質をあわせ持つPOPs(残留性有機汚染物質)によるグローバルな環境汚染問題について、それぞれの研究者が状況をまとめた一冊。新書版(講談社)出版は2019年6月、Kindle版配信は2019年6月です。
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多くの人は、「化学物質」という言葉を聞いただけで、「何か恐ろしいもの」「やっかいなもの」という印象を持ったり、それ以前に「自分にはわからない」と思考停止になったりしがちです。そのために、学問や研究に携わる人間は、よりわかりやすく、何が既知で何が未知かを、市民の側に伝えていく努力が求められます。
(中略)
私たちは、さまざまな化学物質の手助けなしには維持できない社会に暮らしています。その一方で、その化学物質の濫用が生物や地球環境に無視できないダメージを与えていることは否定できません。リスクとベネフィットを比較して、納得できる選択肢を選ぶためには、環境化学に対する基本的な知識と正しい問題意識が必要です。そこでは、今以上に市民感覚を生かしていく必要があることは間違いありません。
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新書版p.253、
[目次]
プロローグ 地球をめぐる不都合な物質とは
第1章 世界に広がるPOPs汚染
第2章 マイクロプラスチック「不都合な運び屋」
第3章 水俣病だけではない「世界をめぐる水銀」
第4章 古くて新しい不都合な物質「重金属」
第5章 知られざるPM2.5
第6章 メチル水銀が子どもの発達に与える影響を探る
第7章 化学物質が免疫機構に異常を引き起こす
第8章 毒に強い動物と弱い動物
エピローグ 化学物質を化学物質をめぐる対立
第1章 世界に広がるPOPs汚染
――――
新たな汚染源となっている新興国や途上国の多くは、低緯度の熱帯・亜熱帯地域にあります。こうした地域では大気循環が活発なため、POPsは大気を通じて遠方へと拡散していきます。大気に乗せられて高緯度地域まで運ばれたPOPsは、冷たい空気に冷やされて極域の海洋や陸域に沈着することになります。
海洋は、地球の表面積の約7割を占めています。今後、低緯度地域でPOPsの無秩序な利用が進行すると、大量の汚染物質が揮散し、高緯度地域で海洋に溶け込むことなどにより、化学物質の大半は、世界中の海に広がることになります。
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新書版p.25
環境中に放出されたPOPs(残留性有機汚染物質)がどのようにして地球全域に広がり、濃縮された上で私たちの体内にまで侵入してくるのか。海生哺乳動物の異常な汚染についてのデータを示しながら、その基本的なメカニズムを解説します。
第2章 マイクロプラスチック「不都合な運び屋」
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世界の海には、50兆個以上ものプラスチックが漂っていると試算されています。重さにすると、実に27万トンものプラスチックが海を漂っているのです。(中略)世界の海を漂っているプラスチックは、単なる物理的に不都合な物質にとどまりません。物理的な悪影響に加えて、懸念されるのが、プラスチックに含まれている化学物質です。海洋に漂うプラスチックには、100種類以上の不都合な物質、有害化学物質が含まれています。
(中略)
やっかいなことにこの運び屋は、生物の体の中にまで有害化学物質を配達しています。これを「トロイの木馬」と表現する研究者もいます。マイクロプラスチックという「トロイの木馬」は動物の体の中にやすやすと侵入し、内部に潜ませている汚染物質を排出し、身体にダメージを与えていることが、最近の研究でわかってきています。
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新書版p.61、77
動物の臓器に対する物理的危害に加え、化学物質の運び手として世界中の海に汚染を広げ、さらには容易に身体に侵入して汚染物質を体内に配達するやっかいな性質を持つマイクロプラスチック。世界中の海洋に広がるマイクロプラスチック汚染の現状を整理します。
第3章 水俣病だけではない「世界をめぐる水銀」
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大気への水銀の1年間の排出量を見てみると、火山ガスなど地質起源が500トン、植物の燃焼が600トン、土壌や植生からの排出が1000トン、人為的な排出が2000~3000トンと推定されています。
(中略)
地域別の水銀の排出量では、アジアが49%、中南米が21%、アフリカが17%を占めています。これらの地域では小規模金採掘が行われていて、水銀排出量も増加傾向にあります。
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新書版p.105
水俣病の原因物質として悪名高い有機水銀。日本では水俣病への反省から水銀の大気への排出は削減されているが、世界をみると、特に小規模金採掘が行われている地域では排出量は増加している。地球規模で見た水銀汚染の現状をまとめます。
第4章 古くて新しい不都合な物質「重金属」
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国内での対策ではコントロールできない越境汚染を解決するためには、日本の周辺国のみならず、国際的な取り組みが重要であると考えられます。さらに、日本においては重金属による環境汚染レベルは下がっている、と説明しましたが、その一方で、現在、これまで問題ないとされてきた低い濃度レベルでの水銀や鉛による胎児や小児への健康リスクが問題となり始めています。
さらには、ヒトの健康保護だけでなく、生態系への影響も配慮することが求められるようになってきました。
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新書版p.138
水銀、砒素、鉛、カドミウムなどの重金属による環境汚染は今、どうなっているのか。越境汚染問題について解説し、特定の国や地域だけの取り組みには限界があることを示します。
第5章 知られざるPM2.5
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その寿命(大気中での濃度が半分になるまでの時間=半減期)は数日から数週間と比較的長く、大気中に舞い上がった土壌粒子が約13日かけて地球を一周した様子も観測されています。まさに、PM2・5は地球をめぐっているわけです。輸送中には、成分の揮発(ガス化)、凝縮(ガス成分の粒子化)、凝集(粒子どうしの結合)、酸化反応による成分の変質なども起きます。また、黄砂が舞い上がり、都市域を輸送されていく間に人為起源の有害物質を吸着するケースも知られています。
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新書版p.155
そもそもPM2.5とは何なのか。なぜ問題となっているのか。意外に知られていない「新しい」環境汚染PM2.5を解説します。
私たちの日々の生活は、便利で役に立つさまざまな化学物質に支えられています。毎日の生活で利用されている化学物質の数は、実に5万種類とも10万種類ともいわれています。そのうち10分の1程度の化学物質は、年間1000トンを超える量で製造され、出荷されています。
(中略)
たとえ毒性があっても、自然界や生体内ですぐに分解されたり、自然環境の中で次第に薄まっていく物質であれば、その影響は狭い範囲にしか及びません。POPs(残留性有機汚染物質)が厄介なのは、ひとたび環境中に放出されると、なかなか分解されず、はるかかなたまで移動し、そこで生態系の上位の生物の体内に濃縮されて、有害な影響を示す可能性がある点です。
(中略)
低濃度での長期暴露の影響に関する研究は困難で、科学的に未解明な部分も多く残されています。しかし、わからないからといって何の対策もとらないと、被害が拡がってしまい、毒性が明らかになった時点では、回復不能な打撃を与える危険性があります。
忘れてはならないのは、ストックホルム条約に登録されているPOPsは、意図したにせよ非意図的にせよ、人類が作りだした物質である、ということです。すなわち、放置することなく、人類が責任を持ってその解決にむけて努力しなければなりません。
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新書版p.13、18、19
「解決に向かうどころか、一層深刻化していた!」
化学物質による環境汚染問題は、いまどのような状況にあるのか。環境残留性、生物濃縮性、毒性、越境移動性などやっかいな性質をあわせ持つPOPs(残留性有機汚染物質)によるグローバルな環境汚染問題について、それぞれの研究者が状況をまとめた一冊。新書版(講談社)出版は2019年6月、Kindle版配信は2019年6月です。
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多くの人は、「化学物質」という言葉を聞いただけで、「何か恐ろしいもの」「やっかいなもの」という印象を持ったり、それ以前に「自分にはわからない」と思考停止になったりしがちです。そのために、学問や研究に携わる人間は、よりわかりやすく、何が既知で何が未知かを、市民の側に伝えていく努力が求められます。
(中略)
私たちは、さまざまな化学物質の手助けなしには維持できない社会に暮らしています。その一方で、その化学物質の濫用が生物や地球環境に無視できないダメージを与えていることは否定できません。リスクとベネフィットを比較して、納得できる選択肢を選ぶためには、環境化学に対する基本的な知識と正しい問題意識が必要です。そこでは、今以上に市民感覚を生かしていく必要があることは間違いありません。
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新書版p.253、
[目次]
プロローグ 地球をめぐる不都合な物質とは
第1章 世界に広がるPOPs汚染
第2章 マイクロプラスチック「不都合な運び屋」
第3章 水俣病だけではない「世界をめぐる水銀」
第4章 古くて新しい不都合な物質「重金属」
第5章 知られざるPM2.5
第6章 メチル水銀が子どもの発達に与える影響を探る
第7章 化学物質が免疫機構に異常を引き起こす
第8章 毒に強い動物と弱い動物
エピローグ 化学物質を化学物質をめぐる対立
第1章 世界に広がるPOPs汚染
――――
新たな汚染源となっている新興国や途上国の多くは、低緯度の熱帯・亜熱帯地域にあります。こうした地域では大気循環が活発なため、POPsは大気を通じて遠方へと拡散していきます。大気に乗せられて高緯度地域まで運ばれたPOPsは、冷たい空気に冷やされて極域の海洋や陸域に沈着することになります。
海洋は、地球の表面積の約7割を占めています。今後、低緯度地域でPOPsの無秩序な利用が進行すると、大量の汚染物質が揮散し、高緯度地域で海洋に溶け込むことなどにより、化学物質の大半は、世界中の海に広がることになります。
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新書版p.25
環境中に放出されたPOPs(残留性有機汚染物質)がどのようにして地球全域に広がり、濃縮された上で私たちの体内にまで侵入してくるのか。海生哺乳動物の異常な汚染についてのデータを示しながら、その基本的なメカニズムを解説します。
第2章 マイクロプラスチック「不都合な運び屋」
――――
世界の海には、50兆個以上ものプラスチックが漂っていると試算されています。重さにすると、実に27万トンものプラスチックが海を漂っているのです。(中略)世界の海を漂っているプラスチックは、単なる物理的に不都合な物質にとどまりません。物理的な悪影響に加えて、懸念されるのが、プラスチックに含まれている化学物質です。海洋に漂うプラスチックには、100種類以上の不都合な物質、有害化学物質が含まれています。
(中略)
やっかいなことにこの運び屋は、生物の体の中にまで有害化学物質を配達しています。これを「トロイの木馬」と表現する研究者もいます。マイクロプラスチックという「トロイの木馬」は動物の体の中にやすやすと侵入し、内部に潜ませている汚染物質を排出し、身体にダメージを与えていることが、最近の研究でわかってきています。
――――
新書版p.61、77
動物の臓器に対する物理的危害に加え、化学物質の運び手として世界中の海に汚染を広げ、さらには容易に身体に侵入して汚染物質を体内に配達するやっかいな性質を持つマイクロプラスチック。世界中の海洋に広がるマイクロプラスチック汚染の現状を整理します。
第3章 水俣病だけではない「世界をめぐる水銀」
――――
大気への水銀の1年間の排出量を見てみると、火山ガスなど地質起源が500トン、植物の燃焼が600トン、土壌や植生からの排出が1000トン、人為的な排出が2000~3000トンと推定されています。
(中略)
地域別の水銀の排出量では、アジアが49%、中南米が21%、アフリカが17%を占めています。これらの地域では小規模金採掘が行われていて、水銀排出量も増加傾向にあります。
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新書版p.105
水俣病の原因物質として悪名高い有機水銀。日本では水俣病への反省から水銀の大気への排出は削減されているが、世界をみると、特に小規模金採掘が行われている地域では排出量は増加している。地球規模で見た水銀汚染の現状をまとめます。
第4章 古くて新しい不都合な物質「重金属」
――――
国内での対策ではコントロールできない越境汚染を解決するためには、日本の周辺国のみならず、国際的な取り組みが重要であると考えられます。さらに、日本においては重金属による環境汚染レベルは下がっている、と説明しましたが、その一方で、現在、これまで問題ないとされてきた低い濃度レベルでの水銀や鉛による胎児や小児への健康リスクが問題となり始めています。
さらには、ヒトの健康保護だけでなく、生態系への影響も配慮することが求められるようになってきました。
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新書版p.138
水銀、砒素、鉛、カドミウムなどの重金属による環境汚染は今、どうなっているのか。越境汚染問題について解説し、特定の国や地域だけの取り組みには限界があることを示します。
第5章 知られざるPM2.5
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その寿命(大気中での濃度が半分になるまでの時間=半減期)は数日から数週間と比較的長く、大気中に舞い上がった土壌粒子が約13日かけて地球を一周した様子も観測されています。まさに、PM2・5は地球をめぐっているわけです。輸送中には、成分の揮発(ガス化)、凝縮(ガス成分の粒子化)、凝集(粒子どうしの結合)、酸化反応による成分の変質なども起きます。また、黄砂が舞い上がり、都市域を輸送されていく間に人為起源の有害物質を吸着するケースも知られています。
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新書版p.155
そもそもPM2.5とは何なのか。なぜ問題となっているのか。意外に知られていない「新しい」環境汚染PM2.5を解説します。
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