SSブログ

『SFマガジン2019年8月号 特集・『三体』と中国SF』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2019年8月号の特集は「『三体』と中国SF」でした。『三体』日本語版の出版にあわせて四篇の中国SF短篇が掲載されています。さらに、『サイバータンク vs メガジラス』の続編、『博物館惑星2・ルーキー』シリーズ最新作なども掲載されました。


『天図』(王晋康:著、上原かおり:翻訳)
――――
囲碁界に馬スターが現れたなら、物理学界でも、じきに驢スターが現れるさ、そいつも0と1のわけのわからない文字列で、trial and errorを力ずくで実行するマッチョなやつさ、でもすぐに全ての天才科学者を遥かに凌駕することだろうよ、そしていつの日か宇宙の究極の法則を発見するのさ、でも科学者たちには理解できないんだ、
――――
SFマガジン2019年8月号p.24


 究極の万物理論を頂点とするすべての物理学体系を階層的にまとめた見取り図、これすなわち天図なり。そこには未来の物理学の構造までが明示されていた。この天図を描いたという少年はいったい何者なのか。その正体に迫る科学者は、物理学に終焉がせまっていることに気づく。


『たゆたう生』(何夕:著、及川茜:翻訳)
――――
 純粋エネルギー生命の誕生からたった一万年で、正の世界と負の世界が極点に達するまでにはまだ百億年かかる。その後も、わたしたちは存在し続ける。教えて、それは希望か、それとも……絶望なの?
――――
SFマガジン2019年8月号p.41


 エントロピーが増大し続ける宇宙、エントロピーが減少し続ける宇宙、この二つが対となり、永遠に循環を続ける陰陽太極宇宙。両極にまたがって存在する不滅の純粋エネルギー生命となった鶯鶯と灰灰の二人は、一万年のときをこえ、太陽系で再会する。だがそのとき、地球は変わり果てた姿になっていた。


『南島の星空』(趙海虹:著、立原透耶:翻訳)
――――
 天と人を二つに隔てた状況というのはまさに彼の家庭のことだった。妻の天琴は環境保護の資材を普及させる仕事についており、時代が認める精鋭を保護する「時代精鋭保護計画」に選ばれ、十歳の娘・合鴿を連れて珍玉城に入り生活をしていた。しかし彼は社会から差し迫った必要のない人材であると見なされ、この貴重な割り当てにあずかる権利を得られず、珍玉城の外でスモッグを仲間に――無論マスクとともに――留まっていた。平安市の中ではすでに数えきれないほどの同様の家庭が生まれており、またこのことで多くの婚姻関係が破綻し、ひどい時には社会の関心を集めるホットな話題となった。
――――
SFマガジン2019年8月号p.49


 ますます悪化する大気汚染への対策として建てられた珍玉城。それは汚染物質を濾過し清浄な大気だけを取り込む特殊フィルターで覆われたドーム都市。選ばれた人材だけが珍玉城への居住を許され、無用な人間は汚染された外部にとり残される。天文学者である主人公は後者と見なされ、珍玉城への居住権を得た妻子と別れるはめに。星空を見上げることは「無用」な仕事ではないことを、彼は娘に伝えたいと願う。


『だれもがチャールズを愛していた』(宝樹:著、稲村文吾:翻訳)
――――
 重力感覚を同期――ぼくはどこかに立っている。
 触覚を同期――そよ風が吹きすぎ、春の暖かさと海の湿り気を運んでくる。
 聴覚を同期――風の音、流麗な鳥の声。
 視覚を同期――眼に飛びこんできた薄紅色と白色が、数えきれぬほどの桜の花へと姿をなして萌ゆる春に咲きほこり、木の下には和服を着た妙齢の女が端座している。眉目秀麗、笑窪の咲くその姿は蒼井みやび。
 そしてぼくはチャールズ、唯一無二のチャールズ。
――――
SFマガジン2019年8月号p.60


 自分が体験している全感覚を「配信」できるようになった時代。一番人気のスターはチャールズ、唯一無二のチャールズだった。彼の感覚配信の「視聴者」たちは、チャールズ自身に乗り移って華麗なるハーレム人生を送ることが出来るのだ。今も、愛子天皇との謁見予定をブッチして元人気AV女優の蒼井みやびとデートしているチャールズ、その体験を数多くの視聴者が共有している。

 自室でひきこもり生活をしている宅見直人は、できる限りの時間をチャールズと同期して過ごすことで「本当の人生」を送っていた。ぼく三次元には興味ありません。隣に住んでいる幼なじみの朝倉南は、そんな宅見に「自分の人生」を取り戻させようと色々がんばるのだが……。


『子連れ戦車』(ティモシー・J・ゴーン:著、酒井昭伸:翻訳)
――――
 とうとう新生サイバータンクの装甲に付属する外部スピーカーが作動した。そこから出てきた第一声は――。
「みぎゃー」
 ふたたび、沈黙。われわれはもっとしゃべらせようと働きかけ、どうにか第二声を引きだすことができた。その声も――。
「みぎゃー」
 ここにいたって、われわれは悟った。どこかでなにかをまちがえたのだ。
――――
SFマガジン2019年8月号p.249


 巨大トカゲ型放射能怪獣メガジラスとの戦いを生き延びたサイバータンクに、子供をつくる許可がおりる。だが、産まれた子供は「みぎゃー」と泣くばかりのできんボーイだった。失意のまま小惑星を彷徨う子連れサイバータンク。我ら親子、既に冥府魔道を歩んでおる。だがそこに(みんなの期待通り)敵襲が。

 SFマガジン2018年2月号に掲載された『サイバータンク vs メガジラス』の続編。翻訳者コメント「田村信先生、ごめんなさい」。


『博物館惑星2・ルーキー 第八話 にせもの』(菅浩江)
――――
「本物が持つ力は人間の勘が感知する。形や色を模しただけの複製品に、その気迫は感じられないのよ」
「でもさ、ベテラン学芸員であるネネさんの勘ですら、あの壺は」
 最後まで言いきることができなかった。
 尚美が、怒りを通り越して涙目になっていたからだ。誇りを持って赴任した〈アフロディーテ〉が貶められ、敬愛する大先輩があの贋作を見分けられなくても仕方がないと負けを認めた。勝ち気な新人学芸員にとっては、泣くほど悔しいことなのだ。
――――
SFマガジン2019年6月号p.328


 既知宇宙のあらゆる芸術と美を募集し研究するために作られた小惑星、地球-月の重力均衡点に置かれた博物館惑星〈アフロディーテ〉。そこに保管されていた壺に、贋作の疑いがかかる。もしそうならアフロディーテの学芸員たちの面子まるつぶれ。ことの真偽を確認するために地球から運ばれてきた壺との比較が行われるが、その背後では美術品専門詐欺組織のプロが暗躍していた……。

 若き警備担当者が活躍する『永遠の森』新シリーズ最新作。


『エアーマン』(草上仁)
――――
 故人は、稀代のエア・アーティストだった。彼には何でもできた。自らの身体だけを使って、森羅万象を表現することができたのだ。(中略)どんな演奏でも、スポーツでも、その他の技芸でも、故人は本物のマスターやチャンピオンになれたろう。人々はそう評した。しかし彼は、エアーマンであることにこだわった。彼は何でもできた。しかし、実際には何もしなかった。何もしないで、何かをしているふりをすることが、彼の宿命だったのだ。
――――
SFマガジン2019年8月号p.356


 稀代のエア・アーティストが死んだ。エアギター演奏、一人でシャドウと闘うエアスポーツ、何も作らないエアクッキング。すべてを身体だけで表現する達人。はたして彼は殺されたのだろうか。もしそうなら犯人の動機は。



タグ:SFマガジン
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。