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『アーのようなカー』(寺井奈緒美) [読書(小説・詩)]

 食事、路上、とりとめのない妄想、いじましい夢と希望。スケールの小さい観察眼で日常風景から意外な共感を引き出す観察歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2019年4月です。


 まず印象的なのは、食事というか、食べる対象や食べている自分の姿をみょうに客観的に観察してしまったような作品。


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洗い物もう無理な日の袋から箸でほじって食べるポテサラ
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クラス分けされたかいわれ大根のヒエラルキーのない静謐さ
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人生の主役になった人からのバウムクーヘンめりめりと食う
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扇風機スカートの中ひとり占めしながら舐めるゼリーの蓋を
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東京のひとが言うには柿にならクリームチーズを合わせるらしい
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ホットケーキぽつぽつと穴あいてぜんぶが目だと思うと怖い
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ここからは君だけがいけマドレーヌから剥がれ落ちる脱酸素剤
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牛乳が足りなくなって豆乳を足した不誠実なラテの味
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サイダーにレモンの輪切り冷徹に沈め氷で退路を断った
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 この観察眼は街中を歩いているときにも遺憾なく発揮され、私たちがこれまで見逃していた細部をクローズアップして、その妙な気持ちを伝えてくれます。


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炭酸の空き缶2つ側道に並んでこれは青春跡地
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酔っ払いに蹴っ飛ばされて倒された三角コーンの見上げる夜空
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枝以上丸太未満で棒というには短めのものを拾った
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路上にはネギが一本落ちていて冬の尊さとして立て掛ける
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パン屑の運ばれていく蟻の道まさかファミマのなか通るとは
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つぎつぎと逆さにされている椅子のもう今はなき尻の温もり
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改札を通るときだけ鳴く鳥をだれもが一羽手懐けている
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お日様に敬礼をする人々をつぎつぎと生み出す地下通路
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 身の回りのささいなものを観察しては、とりとめのない妄想に身を任せていく感じ、とても共感を呼びます。


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コピーアンドペーストのため囲われた文字に地下への隠し通路を
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トイレットペーパーの三角折りは異星人の縄張りのしるし
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車庫入れをするかのように巣に入る蟹の操縦席に乗りたい
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ほんとうは空をのぼっていくかたちイカは夜空がいちばん似合う
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ぼくのなか蓄積されたバファアリンのやさしさが今役に立つとは
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 妄想というか、ロマンチックな夢を語ろうとするときも、つい客観的になって、なぜか譲歩してしまったり。


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スワンボート乗るほうの人生になる分岐路かもと電車を降りた
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いつか来る春を想って目を閉じる実際今は春なんだけど
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自転車を相棒と呼ぶ奴だけを集め日本の端を見に行く
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砂浜を裸足で歩くそれだけがしたいほんとは砂場でもいい
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 夢というには切ない希望や祈りを語るときも、その微妙なスケール感にしみじみが止まらないのです。


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死ぬときの走馬灯ではきっとこの大失態が笑えるシーン
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あしたには希望があると疑わぬひとに見えるねDIY売り場では
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来世にはテープカットをする人になりたい端から二番目ほどで
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天国にはもういけないが町田リス園というところがあるらしい
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世界中のバトンを落とすひとたちを誰もが否定しませんように
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